“サットポール、私の意見に反対なの?“ 地域的活動の為に世界的に学ぶ

2010413

By: 松

 

先月中の米国のヘルスケア政策論議に関するメディアの報道は凄まじいものでした。その結論についてはさておくとして、この報道は視聴者が米国の政治家や政治システムをよく知ることに役立ちました。そして、多くの人は失望しました。米国政治を分断する深い亀裂はあらゆるレベルにおいて苦い失望をもたらします。

 

私は国連と他の国際機関で働いた35年を通じて、米国内外を問わずたいへん多くの政治家に会う機会を得ました。そこで選挙で選ばれた指導者達のもつ潜在能力についての私の意見を述べたいと思います。おそらくは、ここ最近に私達が見たものよりはもう少し希望の持てる見方ではないかと思います。

政治家は多くの特徴を共有しています。先ず、彼らの広範なグループに対する関心と係わりが重要です。だから彼らは選挙で選ばれたのです。第二は、彼らは他のセクターでは関係をつくりにくい問題についての考えや意見をうまく促進することができます。彼らの目的は三段構えで、総意を作り上げ、行動を促進し、最後に立法上の実施をすることです。彼らの特に優れたところは、それが日々の障害でも国民投票であっても、難しい挑戦を乗り越えられる彼らの持つ能力です。そこに、私は彼らのダイナミックな共感する心が非常に貴重であると考えています。政治家は別の政治家と特定し共鳴することができます。官僚筋にはこれはとても難しいことです。

 

私と妻の満喜は、私達のニューヨークの小さなアパートにとても多くの政治指導者たちを迎える機会を得てきました。これらの機会と長く続く友情を通じて政治世界から多くの識見を得ることができたことは私にとって幸運なことでした。

 

しばしば訪れてくださった方の一人は、自然資源・農業リサーチ・環境に関する下院小委員会委員長だった故ジェームス・ショイヤー議員(ニューヨーク州選出・民主党)です。議員のお母様と彼の奥様エミリーのお母様さえも訪問してくださいました。

ショイヤー下院議員と他の政治家にまつわる幾つかの話の内の一つ、強い政治家のもつ能力を暗示する話をご紹介します。多くの話は第二次世界大戦に直接かかわるもので我々がこの60年の間に克服しなければならなかった最も高い障壁についてのことです。

 

何年も前に、日本から佐藤隆衆議院議員(当時は新人議員、後に農林水産大臣)がワシントンを訪れました。彼はその昔1945年8月に神風特攻隊に任命されましたが、同15日の日本の降伏で命が助かった方です。佐藤議員がワシントンを訪れた時、私は彼に大使館員や通訳の補助なしに、ショイヤー議員の自宅に泊まることを強く薦めました。佐藤議員は英語を話せず、ショイヤー議員は日本語を話せません。両者はそのチャレンジを受けることに合意し、その結果は大きな成功でした。翌日、佐藤議員が上司の福田赳夫首相に、ショイヤー議員と過ごしたその驚くべき時間について説明していました。明らかに、佐藤議員とショイヤー議員そして奥様のエミリーは、この障壁を越える方法を見つけ出したのです。

 

ショイヤー議員のドイツ連邦議会のペーター・ペターソン議員との関係について触れることも大事だと思います。ペターセン議員と若い彼の同僚達は知れ渡るホロコーストの全体像は承知していませんでした。彼の多くの同僚達は、彼らの政府が取った行動の惨禍を知ると自殺を図ったのです。ペターセン議員はその時自殺をするのではなく、そのような事を二度と許さない為にと政治家になる道を選びました。私は彼がユダヤ人であるショイヤー議員にはじめて会った時のことを覚えています。彼らの率直で熱意のこもった議論は私を驚かせました。オープンで率直な対話の重要性と生産性。とても大切なことです。今日、このような対話は、国連や他の公式会合の場では決して見ることがありません。

 

別の機会に、ショイヤー議員はニューヨークの国連本部で記者会見をしていました。会場には彼の友人でありインドの政治指導者であるサット・ポール・ミッタール上院議員も列席していました。スピーチの途中で、ショイヤー下院議員は突然に話を止めて「サットポール。私に反対なの?」と尋ねました。返事がなかったのでショイヤー議員は話を続けました。ところが、彼はまた話を止めて「サットポール、貴方は私の言っていることに反対なのですか?」と尋ねました。私達はみんな一体何事なのかと訳がわかりませんでした。私がミッタール議員の方を見ると、彼は笑いながら頭を左右に振っていました。インドでは、これは合意のサインなのです。勿論アメリカでは違った意味を持ちます。後に、説明を受けると、彼らは大笑いでした。(ミッタール議員の子息スニール・ミッタール氏は現在世界の財界リーダーの一人であることも付け加えておきます)

 

ショイヤー下院議員が築いた佐藤議員、ペターソン議員、ミッタール議員との信頼と友情を見ていて、私は政治家は国家間の架け橋として行動できるのだということを確信しました。この4人は歴史的障壁を越えて友人になりました。政治家はポジティブな目的に使えるたいへん大きな影響力を持っているのです。

 

 

私は、米国議員が議会休会中に海外に行くことを、特にイスラム教諸国に出かけることを薦めたいと思います。私達の政治家が対話を続け個人的関係を作り上げるために努力することが肝要です。彼らが素敵なホテルに泊まろうとフランスワインを飲もうとかまいません。たとえ小旅行であっても、その場所についての個人的情と理解が築かれます。それが、緊張とミスコミュニケーションの可能性を減らすことになるのです。

 

これが政治家の持つ力です。戦争が始まると公式外交ルートでの対話は閉ざされて、両国の対話が個人的チャンネルに大きく依存することは、歴史が示しています。政治家同士の個人的関係は、滞ってしまう対話を続けて事態の最悪な状態へとの移行を防ぐことも、可能にできるのです。政治家はグローバルに学んで地元で活動しなければなりません。彼らのグローバルな見解が、彼らの地元に、また彼らの国に役立つのです。私達は結局、彼らの描く政治法律の中で生きているのですから。

 

 

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(日本語訳:木村道子)

英文オリジナル:http://akiomatsumura.com/2010/04/%E2%80%9Csat-paul-do-you-disagree-with-me%E2%80%9D-learning-globally-to-act-locally.htmlContinue reading

富士山のリスクに関する多くの考え方

2013年8月4日

By: ホルヘ・サネリ博士(Dr. Jorge Zanelli

 

 

松村昭雄様、

 

あなたの、そう遠くない富士山の噴火可能性のリスクに関する記事を興味深く読みました。そのようなシナリオは可能性ばかりでなく、専門家によるとたいへん確率の高いことです。従って、近郊地域の住民の不必要なリスクを取り除く為の全ての措置が取られるべきです。このことは、近郊のコミュニティー、産業設備、病院、輸送と通信基本施設、その他を含みます。これら夫々には独自の特徴があり、異なるタイプの保護と安全措置を必要とします。それら全てが注意深く調査され保護されなければなりま せんが、そのリスクの組み合わせも併せて考慮され なければなりません。

 

富士山の周囲にある市町村の数は私を震撼とさせます。私は日本の土地使用計画については何も知りませんが、得られる歴史的情報からみても、原子力発電所を含む、産業施設、住宅の建築許可を下す前に十分に必要な予防措置が取られなければならなかったとは明らかです。噴火の際には非常事態計画がつくられなければなりませんが、これには市民の避難、基本的施設、危険を潜在する全ての施設の保護が含まれなければなりません。貴方の記事は噴火により引き起こされる原子力事故のリスクに注意を引いてますが、もっともな懸念です。私には、更に大きな危険は、それが原子力でも別の問題でも、非常事態を扱う合理的な計画の不足だと思われます。

 

浜岡原子力発電所という特定のケースでは、過去の運行記録はとても疑わしく、停止を勧めるのに火山噴火の危険を必要とするまでもありません。私は掘り下げては調べていませんが、この発電所の検査されないままの運行は、福島事故により放出された放射能よりも更に周辺地域への影響リスクが大きいように思われます。

 

火山噴火や他の自然災害により引き起こされる原子力事故のリスクの問題一般に話を戻すと、私は全ての原子炉を廃炉にすることだけが選択肢だとは信じていません。状況は、他の脆く潜在的に有害な産業(医薬、農薬、精油所、爆薬、肥料、重金属を生産もしくは使用する産業など)とそう違いはないのです。富士山の周囲または日本のどこであっても、この種の産業の非常事態を扱う技術が存在すると、私は確信しています。

 

一般的な問題について合理的な決定をするには、次の点を考慮しなければなりません。

 

1.その産業施設がどれくらい危険か。このことには通常操業時と事故時両面の完全なリスクの査定が必要です。

2.原子力を他の産業とどう比較するか。

3.リスクを受容可能範囲に留める事が可能か、それとも除去する事が唯一の選択肢か。

4.費用は、原子力停止の利点は、何なのか。

 

多くの資料を読んだり専門家に話をしたりしたことからの私の理解では、低照射量の放射線による脅威は、端のない仮説による誇張で、しっかりとした科学的根拠がないように思えます。

専門的事項に入らずも、特定の放射線照射量が人口の50%にガンをもたらすならば、その半分の照射量が同人口の25%で同じ影響を生じると、その端のない仮説は主張しています。この見るからに「明らかな事実」は、その微小の照射量が、大きな人口においては莫大な数の犠牲者を作るということを、もっともらしくしています。このような説に従うなら、例えば、一部の真摯な専門家(ジョン・W・ゴフマン医学博士とアーサー・R・タンプリン博士の共著「毒されたパワー」)は1979年に333人の致命的な癌または白血病がスリーマイル島事故の結果起きると予測しましたが、起きませんでした。

 

たとえ原子力業界が福島から何も学ばなかったとしても(私はそうは思いませんが)、そして地震と重なった噴火や、もしくは、津波が外部電源のない故障した原子炉の原因となったとしても、環境的インパクトと地域内住民への放射線影響は、まだ、大規模かつ直接的な天災の影響、または食物、住居、医療の不足のような他の間接的な影響と比較すると、そう多くはありません。

 

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私は、合理的なアプローチが、我々をより安定して持続可能な方向のより良い決定に導くことができると確信しています。これは通例、直感的理解の単なる名といえる「明らかな真実」からはそれる事を意味します。

 

敬具

 

J.サネリ

 

 

ホルヘ・サネリ博士は、サンティアゴ科学研究センター(Centro de Estudios Cientificos de Santiagoの理論物理学者で、チリの核オプションを評価する大統領委員会の前委員長です。

 

 

 

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翻訳:木村道子

英文オリジナル:http://akiomatsumura.com/2013/08/more-thoughts-on-mt-fuji.htmlContinue reading

アメリカが出帆:平和と希望に向かって境界を渡る

2009年1月20日

By:松 村 昭 雄

Akio and Chairman Arafat

1995年12月、ジェリコで和解に関する世界集会がロビン首相とアラファト議長の共催で開催される予定だった。私が出席した運営委員会は同年6月にジェリコで開催された。

昼食休憩時間の時、私達は死海を見に行った。死海はイスラエルとウエストバンクの間に位置する。地球上で一番低い場所で乾いた土地にあり、その水は大洋の8.6倍の塩分がある。人々が水に浮きながら本を読んでいるのを見るのは珍しいことだ。ツアーの途中、友人たちがイエスが悪魔に誘惑されたと言われる誘惑の山を指し示した。私達は昼食とツアーを楽しんだ後、会議の午後のセッションへと戻った。私がガザで午後9時にアラファト議長と会う予定をしていたので、私達は議題を終わらせるべく進め続けた。

 

議題を終わらせようとしている午後の会議の途中に、テルアビブのバスで自爆テロがあった旨を報告する緊急電話を受けた。25人以上の死亡者。過去何年もの間で最大の死亡数だった。その事故でイスラエルとガザの間の境界が閉鎖された。外交官であっても車が境界を越すことは一切許可されなかった。

 

私は直ちにパレスチナにある国連開発計画(UNDP)事務所の代表ワテ氏に会いに向かった。彼は外務省に連絡を取り、国連の車も境界を越えることが許されないということを確認した。できることは何も無く、私はイスラエルの文化相シュラマト・アロニ女史に確認しようと進んだ。私が彼女の助けを求めると、境界警備は外務省ではなく国防省の担当であると知らされた。状況の緊急性を知る彼女は、直ちに国防大臣に電話を入れて私が誰であるか、今夜のガザでのアラファト議長との会談がどんなに重要であるかについて説明をしてくれた。国防大臣は私が境界を越える特別許可を発行することに同意してくれた。

 

UNDP代表のワテ氏が、80kmの道のりを行く間に警察に止められないようにと、国連のマークのある車を私に使うようにと申し出てくれた。チェックポイントに到着して軍のオフィサーが国防大臣の許可したリストに私の名前を見つけた。渡る準備ができた時、次の停止を命じられた。私はイスラエル軍の車に乗り換えなければならなかった。ワテ氏の国連車でも境界を越すことは許されなかったからだ。イスラエル軍の車に乗り込みおよそ1キロメートルある境界を渡った。アラファト議長の送った警察官の待つガザの反対側に到着。私は彼の警察の車に乗り越えた。これで4台目。この後はアラファト議長の事務所へと直行した。

 

ついにアラファト議長に迎えられ、私は彼が車を送ってくれたことに深謝し、彼の事務所に着くまでに4台も乗り換えなければならなかった話を伝えた。彼の表情は驚きを隠せなかった。そして、さらに私はイスラエルの国防大臣とアロニ文化大臣が私達の会談の為に多大な努力をしてくれた事に大変感謝している旨をアラファト議長に伝えた。アラファト議長もこの事には感謝していた。先に進み、私は彼に二枚の写真を見せた。

 

最初はオックスフォード大学の教会の前で撮ったグループ写真。写真はとても大きく1メートルの長さがある。私はそれをいつも持って行く。この写真は多くの人の興味をひいたものである。アラファト議長は写真にある300人の参加者の顔を眺め、数多くの名高いリーダー諸氏をみて感銘していた。驚くことに、彼は私が何故議員と宗教指導者を共に組織したのかと、私のコンセプトを尋ねた。彼は精神的実際的に人類の問題を見る概念を多分十分に理解したようだった。次に、私はクレムリンでの写真を見せた。ユダヤ人のメンバーが休息日に当たる日の閉会式に出席している写真だ。彼は正統派ユダヤ教のメンバーも参加したのかと尋ね、私が「イエス!」と答えると彼の目が驚きで大きく見開いた。私は彼に、これがジェリコ会議の精神にもなりえるのだと話すと、彼は会議のパレスチナ人にとっての重要性と彼の協力を私に保証してくれた。私達の会談の終わりに、私は予定時間を大分過ぎて長くなっていたことに気付いた。私達は握手をし、彼の激しい評判にも関らず彼の手のとても柔らかいことを感じた。私が握手した多くの元首の中でも最も柔らかな手だった。その夜エルサレムに戻る途中、暗い空のとりわけ美しいことに気付いた。それはまるで手の中に流れ星をつかめそうな感じだった。

その日境界を渡るのに乗った4台の車を思い出し、何故国連車も外交官車も渡ることを許されなかったのに、政府の職も国連の職も持たぬ私が渡ることができたのかと考えていた。

 

何故かという答えははっきりしています。国が主に政府により動かされるように、車は主にガソリンで走ります。しかし、車が潤滑油無しにはきちんと動かないように、人と人との個人関係と信頼がなければならないのです。それが私がいつも指導者の方々に、会議には彼らの肩書きやランクでではなく個人としての資格で参加することを勧める理由なのです。そうすることで、組織や機関ではない個人個人が会議のビジョンを作り出せるのです。

 

一度抗争が始まると政府は対話を閉じてしまうことを、歴史が示しています。そして、概して人々は召集された戦争で戦わなかった場合の結果を恐れます。対話が止まり、誤解が育ち、恐れとなります。この時点では、残された機能は個人同士の信頼関係だけです。それが潤滑油です。ガソリンではありません。それが国の運命を定め、最悪の結果では戦争へ、となるのです。

 

オバマ大統領が帆を上げて和解の航海を始め、世界の私達みんなが彼の船出に参加しました。今日、大統領はアメリカは自由と変革を受け入れること、受け入れ続けるべきであることを私達に思い起こさせました。「ムスリム世界の為に、」オバマ氏は今日の就任式で言いました「我々は、互いの利益と互いの敬意を基に前進する新しい道を探します。」と。

変革の為そして平和の為のこの意志が、アメリカ合衆国の激務と統率する意欲の精神を統一するのです。拡大を示す感覚では無く、限界と責任と共に、彼は自信を持ってアメリカを世界のリーダーとして断言しています。多くの人の心を希望で満たしているオバマ大統領は、自由と信頼を個々の指導者達そしてその政府全体にも同様に訴えて、アメリカの車のガソリンと潤滑油になってくれるかもしれません。

 

オバマ大統領の自由と新しい希望に向けた順調な航海を私達は心から祈ります。

 

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(日本語訳:木村道子)

英文オリジナル:http://akiomatsumura.com/2009/01/america-sets-sail-crossing-the-border-toward-peace-and-hope.htmlContinue reading

クレイボーン・ペル上院議員との対話: イスラムの人々と文化についての認識はアメリカの21世紀のチャレンジ

2011年4月17

By: クリス・コテ(Chris Cote)

 

 

「私はいつも他の人に私の思い通りにさせようとしてしまう」-クレイボーン・ペル上院議員

ペル上院議員は、国に使えたその長い人生で多くの功績を残されました。プリンストン大学を出た後、第二次世界大戦に赴き、その後国務省に入省。1960年に上院議員に当選。彼は、何千人ものアメリカ人低所得者が大学に通う助けとなったペルグラント(当初は基礎教育機会奨学金と呼ばれた)に大きな責任をもっており、芸術基金、人権基金をつくる法律も書きました。彼はベトナム戦争反対の意を大きく唱えました。1987年に上院外交委員会の委員長に就任、上院で党が代わった1995年まで同職にありました。1997年にパーキンソン病を発症しほぼ40年に亘った上院での職を辞しました。(ペル上院議員の魅力的な人生についてはニューヨークタイムズの記事(英文)をお読みください)

 

ペル議員の仕事への深い献身はアメリカ合衆国だけに限られず、彼の政治家としてまた個人としての視野は国境を越えるものでした。ペル議員は上院外交委員長をしている間に、リオとモスクワで開催されたグローバルフォーラムの運営委員会にも出席されました。昭雄はペル議員について、国や政治的教義の問題を越えて考える、国家と国際安全保障の名の下に伝統的な障壁を乗り越えることに視点をあてた、アメリカの数少ない政治家の一人であると、しばしば話していました。

 

ペル上院議員と昭雄は、90年代後半に次の世紀の問題についてよく会って議論していました。1999年、ペル氏が昭雄と満喜夫人をロードアイランド州ニューポートにある彼の自宅に招待した時に、昭雄を座らせて「アメリカの政治指導者達が関心を寄せなければならない21世紀の最大の問題は何か」と尋ねました。昭雄は、米国指導者層の務めは、イスラム社会の人々と文化についてのアメリカ人の認識を向け替えること、宗教的教理の問題にもつれ合うことには何の利用価値もないが、彼らの文化の共通性は見つけられるはずであり、また見つけなければならない、とはっきりと答えました。2001年9月の事件はそのことを明確にしました。21世紀のアメリカの大きな挑戦は、イスラムの追随者について前向きに話をすることです。「アラブスプリング」は我々が何も手出しをせずに起きた歓迎すべき第一歩であり、これからも手出しをせずにおくべきなのです。

 

ペル上院議員の質問と昭雄の答えはこのブログのモットーをとらえています。「私達の共通する未来のためにミッシングリンクを見つける」ことです。人類が共有する経験の本質は何でしょうか? 国、文化、そして組織は力の強化の為に障壁を築き外と中を切り離します。暴力を扇動することはありますが、これらの壁は不正に築かれたものであり従って紙のように薄く、大きな考えとより前向きなセンスで考えようとする人々には壊すことのできる壁なのです。

 

前国連調整役でこのブログの友人でもあるジャンドメニコ・ピコ氏が、オックスフォードリサーチグループop-ed on negotiations in Afghanistanに、弱い指導者が「他者」を作る必要性について書いています。

 

 “「敵」という概念は政府統御の原始時代からの道具である。人類の歴史の大部分で、「敵」はその「反対側にいるもの」の存在を明確にすることに役立ってきた。これは「不出来な」指導者達に利用された。過激派の話には「実存的な敵」が必要なのです。不出来な指導者は肯定的なものではなく否定的な話を使います。彼らはトップに居続けるために「敵」を探します。彼らは古い金言を繰り返します。「我々は他の誰よりも優れている」とか「神は我々と共にいる」とかの「我々と彼ら」との間に実存的な二分するものの必要性をほのめかし、この場合「彼ら」を悪魔であるかのように言う必要があるのです。私達の歴史にはそんなケースがたくさんあります。今もあります。以前より少しは少ないかもしれませんが。

                           

「敵」(真実でも想像でも)に頼らずとも統率することのできる指導者がいるのでしょうか? 

偉大な指導者は過去のページをコピーすることはしません。偉大な指導者は人類の歴史に、道徳的にも制度的にも新しい章を書くのです。彼らは国家プロジェクトを肯定的な価値の周りに築き、彼らは未知のものを研究する勇気を持ちあわすのです。力の劣る統治者がトレードマークである「他者」という否定的なイメージを進める間に、政治家は制度的文化的な革新によって特徴付けられるのです。“

 

クレイボーン・ペル上院議員は、国家に使える者であり、国家の激しい擁護者であり続けながら、未知のものに勇気を持ってあたった、確かに大胆な指導者でした。現在の指導者層の中でいったい何人が、アメリカ合衆国の次の100年の挑戦は何か、という質問をするでしょうか?いったい何人が、昭雄のようなアメリカ人ではない人間にそれを尋ねるでしょうか?私達の現在のアメリカ指導者層のビジョン欠如は、我々がミッシングリンクを見つけることをさらに難しくしています。現代の指導者達は、私達をいったいどこへと導いていくのでしょうか?

 

 

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日本語訳:木村道子

英文オリジナル:http://akiomatsumura.com/2011/04/a-conversation-with-senator-claiborne-pell-our-perception-of-islams-peoples-and-cultures-is-americas-21st-century-challenge.htmlContinue reading

エジプトの反乱:若者に彼ら自身の将来を決めさせませんか?

2011223

By: 松

 

18日間に亘り、カイロのタハリール広場で起った驚異的なドラマに世界が注目しました。 何千人もの老若男女が、彼らの政府に向ける怒りを穏やかに表明しながら「ムバーラクは出て行くべし」と声を合わせていたのです。彼らの抗議そしてチュニジアでの抗議が、エジプトとアラブ世界に新しい時代の幕を開けました。圧制的体制に抗議する人々の示す勇気と粘り強さが、いまや濁流する川のように地域の多くの国々を通り抜けていきます。イェメン、ヨルダン、リビアでの抗議と政府対応は難儀です。

 

 

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                          タハリール広場

 

オバマ大統領は「歴史が変わるのを目撃できる瞬間は人生にそうあることではありません。これはそんな一瞬のひとつです。エジプトの人々が声を出し、そして彼らのその声が聞きいれられたのです。エジプトは変わったのです。」

 

私達の記憶には、北アフリカ各地と中東アラブでの反乱に加えて、イラク、フィリピン、北京の天安門広場での反乱、ベルリンの壁の崩壊、そしてブルガリアとルーマニアでの動向があります。夫々の歴史的出来事に共通のテーマが広がっています。しかし何故今、何故エジプトなのでしょうか?

 

エジプトは中東の政治的混迷の中心力です。ムバーラク大統領の退陣は、長期的な地政学的影響を見ることはまだありませんが、既にその地域を揺るがしています。エジプトのイスラエルとの協力的関係はアメリカ外交の要であり、スエズ運河は世界貿易の流れを続けさせるものです。

 

エジプトの政治的経済的影響を理解することが重要であるように、最初に何がエジプトにそのような強力な政治的表現をさせたかということを理解することが重要です。長年の独裁、高い失業率、汚職、高い物価が、大きなその要因となったことは確かです。しかしタハリール広場での高らかな声は喜びと共にあげられていました。彼らの願いを大きく声に出すことが自由になったからなのです。政治的自由への欲求は、経済改善への欲求を超えるもののように見受けられました。我々アメリカ合衆国では表現の自由の本当の意味をよくは理解していません。民主主義の根幹は、言論の自由、信仰の自由、報道の自由です。私達は頭の中では理解していますが、それを当然のこととして受け取っています。エジプトの若者たちはやっとその三つの自由を勝ち取り、大きな希望と共に祝福しているのです。このことはノーベル平和賞を受賞したエリー・ヴェイゼル博士の、ホロコーストから開放された時に私の楽観的希望は人生で一番高かった、そしてその後で徐々にしぼんでいった、というコメントを思い起こさせます。

 

エジプトの若者達がムバーラクを追放したことは疑いのないことです。エジプトの66%の人口は30歳以下です。皆さんもお読みになったと思いますが、この出来事の一端を担った一人として話題となっているのが、その仕事経験を生かして若者達の運動を動員したグーグルのマーケティング幹部、ヴァーイル・ゴニム(Wael Ghonim)という人です。ニューヨークタイムズ紙が10万人以上の人々がこの抗議に参加するためにフェースブックにサインアップしたと報道(英文)しています。

 

ツイッターやフェースブックのような新しいメディアツールが、この出来事の過程に役割を果たし、ネットワークを作ったのかどうかについては多くの議論があります。そのような出来事を起こすほどの強い絆を作ることは多くはありませんが、エジプトの若者達の運動のような既にできているネットワークのコミュニケーション方法としては完璧にその役を果たします。このケースでの適用性の証し、そしてエジプトの人々の強さとムバーラクのリーダーシップの脆さ、という両面において今までにこのようなツールをこれほど見事に使ったものは見た事がありませんでした。

 

ムバーラクは数十年いた権力から退陣、軍は維持されました。軍は長いあいだ国の最も強力な機関だったのでエジプトの人々にとっては目新しいことではありません。将軍達は政府に公平な民主的選挙が行われると言うよう指示しています。しかしその時期は定かではありません。見守る多くの人々が、民主的選挙になった場合にはムスリム同胞団がその権力を握ろうとしにくるのではないか、と心配しています。私達は、民主主義過程の重要性を改めて考えなければなりません。民主主義の過程は、その結果と同様に重要なことです。おそらくある国では独裁的統治者が慈悲をもって行動し人民をよく扱っていることでしょう、それは幸運な状況です。しかしそれも言論の自由と公平で自由な選挙の権利の代償のうえにあるのです。

 

私には独裁者がその権力を維持する為には敵を必要とするように思われます。ムバーラクは政権最後の数日間をとおして、アメリカ合衆国と他国の力が彼の政府に介入していると主張していました。幸いにアメリカ合衆国政府は起きていることに並行することをとおし「歴史の正当なサイド」に居るようそのトーンを合わせました。

もし選挙の機会が与えられたなら、人々は候補者を注意深く観察し「権力のグーチョキパーバランス」のとれた民主主義に任せる必要があります。選挙する市民、選任された人々、その選出された人々が可決する法律の効力、それらの相互作用が政府と民主制の効率と有効性を決定するのです。このシステムは安定して強く、信頼された制度でのみ効果があります。アメリカ合衆国には称えられた民主制度がありますが、それでもまだまだ不完全です。民主主義は長いダイナミックなプロセスなのです。

 

エジプトの反乱を見ていて、誰も政治的もしくは宗教的な教義については話していないことに気付きました。それらは問題になっている点ではないのです。彼らはアメリカやイスラエルのことを話してはいません。彼らは自分達自身の自由と将来について話しているのです。彼らの国の彼らに共通した将来について話しているのです。彼らは息の詰まる政権のページをめくることに成功したのです。彼らの歴史は今彼ら自身の手の中にあります。私達はその状態のままにしておくべきです。彼らの成し遂げたことは彼ら自身の将来へと導かれなければなりません。エジプトはアメリカの利益に重要です。しかしエジプトはエジプトの人々の利益の為にもっと重要なのです。外部者として、また年をとった世代の一員としての私の道徳的責任は、民主主義へのより一層の行動と献身を励ますことです。私達、外部者であるアメリカは過去に、エジプトの人々にとってポジティプな状況を作ることに失敗しました。彼らの真に底辺から作り上げる民主主義の例から、私達が1ページをとらえることができるようにと願います。

 

この歴史の新しいページは、彼らの過去数十年の否定的なイメージから離れた、民主的行動者である若いムスリムの人々、を私達に見せてくれました。何といっても、彼らは軍の侵攻なしに偉大なる民主的革命を成功させたのです。エジプトでの変革は中東や北アフリカ諸国に深い影響を与えました。またそれが世界の望むことなのです。この川の流れは次にはどこで荒れ狂うのでしょうか?

 

「時を迎えた思想以上に力強いものは何もありません。」–ビクトル・ユーゴ

 

 

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(日本語訳:木村道子)

英文オリジナル:http://akiomatsumura.com/2011/02/uprising-in-egypt-why-not-let-the-young-people-decide-their-own-future.htmlContinue reading

グウ・チョキ・パーと致命的なボキャブラリー

2010102

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子供の頃に私達はグーチョキパーのゲームをしました。グー(石)はチョキ(ハサミ)に勝ち、パー(紙)はグー(石)に勝ちます。この3つの中に絶対的な力を持つものはいないのです。結果はいつでも相手方の戦術次第です。

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このゲームは民主的自治にもあてはまります。行政府官僚は法を執行するので国民より力を持ちます。立法府は法を作り予算の承認をするので行政府官僚より力を持ちます。国民は選挙の有権者なので立法者より力を持ちます。

 

これを個人の観点、特に私の個人的ケースでとらえてみましょう。

私のもつ不利な点のひとつは、英語を話すのが不得意でスペイン語もフランス語も(また世界の人口の37%が話す中国語もヒンドゥー語も)話しません。でも私は訪問した百カ国で多くの著名な方々と面会した利点をもっています。これら全ての言語を話さないことは何かと便利でした。私は人の意図と口に出さない表現を理解する鋭い目を持っています。そのことは細かいレベルに囚われずに全体像を捕らえることに役立ちました。私は状況をあたかも散文ではなく詩のように読みとります。ところが、私が母国である日本の人達と問題の議論をする時には、一語一句や表現の細かな意味が相手の本音を理解をすることを妨げるのです。討論の全体像を見失っていることに気がつきます。見解の全体的なバランスをとるには両方の視点がなければなりません。木が無ければ森はないのです!ひとつの視点が他方を補ってバランスをとるのです。

 

私は民主主義(デモクラシー)を強く信じています。(デモは民、クラトは力を意味)政府は私達の言論の自由、信仰の自由、報道の自由を保証する法律を通じて、その国民から力を得るのです。そして民主主義は有難いことにグーチョキパーの規則から逃れることはありません。しかしこの繋がりは選挙の年には危険なほど薄くなります。

 

米国の政治家は11月の中間選挙を決定する問題にかかって手一杯です。二つの戦争と国の債務が政治のほとんどのスペースを埋めています。しかし、上昇する失業率、移民、国家エネルギー政策、教育政策、福祉保証、健康保険、州の赤字などの議案は引き続きひしめいています。

夫々の問題が多くの生活を妨げ、どれか一つに優先順位をつけることは難しいことです。然しながら、私達は戦争と他の問題とは区別しなければなりません。

 

全ての社会的経済的問題は差し替えや再生がきき、長期的には復活されます。しかし戦争には異なる代償がかかります。愛する人達を失い、若者達の人生を混乱に落とし、国家への敬意と共有する歴史を作りあげる国家記念物を破壊します。こうしたものは取替えのきくものではないのです。これらは経済的センスでは測ることのできないものなのです。

 

米国憲法は議会が戦争宣言の力を有すると述べています。それでは議会が国をそのような道に進ませるかどうかは、誰が決めるのでしょうか?

 

ある程度までは勿論、私達国民です。有権者は議会に責任があるとみなしますが、殆どは社会的経済的な問題の為です。現在米国が行っている戦争がアメリカ国民の業を煮やすことはまずありません。軍にいるのは国民のわずか1%程です。家族や友人を合わせるとその数は増えますが、それでも選挙を左右する数には至りません。

 

そこに私の強い懸念があります。現在のアメリカ国民は議会に戦争継続の責任があるとはみなしていません。その監視がなければ、政治家は選挙で当選する為には何とでも好きな様にいえるのです。好むままに強い言葉遣いをし、好きなように意見を形成します。

 

この強い言葉遣い(「挑発的ボキャブラリー」と呼びましょう)は、24時間報道や即メディアのこの時代には、人が思う以上に害を与えます。テリー・ジョーンズさんを見てください。コーランを燃やすと脅しているフロリダの小さなコミュニティ牧師に、オバマ大統領、ゲイツ長官、ペトラエウス将軍から、あのような強いリアクションを起こさせ、国際的なメディアを完全に引きつけることができるとは、誰が思いますか?ひとつの出来事がそれ程大きく広がることは20世紀の戦争の時代には不可能だったのです。

 

グーチョキパーのゲームに戻って考えましょう。議会のもつ戦争に関する力にアメリカ国民の監視を取り戻す為には、何がその動機になるのかを解ろうとして私はとても困惑しています。著名な友人たちの何人かは、5%の戦争税が有権者を戦争についてもう少し注意深く考えさせる道具になるかもしれないと私に言いました。でもそのような税金を作る指導者がどこにいるでしょうか?

 

歴史を通して挑発的言葉は戦争と意図しない結果の拡大を起こしました。今回も違いはないでしょう。後になってから悪化する状況を遮ることは、勿論のこと、たいへんに難しいことです。

 

21世紀において、挑発的ボキャブラリーは相手国を刺激する最も強力な武器であり、コインの反対側、認識を築くボキャブラリーはポジティプな目標を達成するための最も強力な道具である、ということを私達は少なくとも理解すべきです。さもなければ、政治家は若い兵士達の代償の上でのみ、話をするのです。

 

 

 

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翻訳:木村道子

英文オリジナル:http://akiomatsumura.com/2010/10/rock-paper-scissors-the-deadly-vocabulary-of-  fighting.htmlContinue reading

日本の責任:富士山噴火のリスクと原子力発電所

2013731

By:       

 

もし富士山が噴火したら? この質問は無作為で挑発的なものに思えるかもしれません。しかし考えなければならない問題です。

 

福島原子力発電所の大惨事を引き起こした2011年3月の東北大地震が、2年以内の富士山噴火の要因になるのではと、科学者達に懸念をあたえています。

 

 

幾つかの兆候、マグマ溜りの圧力上昇、近くの湖の水面低下、地殻の亀裂、が300年間休眠している火山が最近の地震活動に影響されていることを示しています(Japan Today)。

2013年7月27日に公表された日本の産業技術総合研究所の調査では、富士山は過去二千年の間に47回噴火していると結論づけたことを、読売新聞が報じています。

 

大地震(マグニチュード9以上)があれば3年以内に火山が噴火するという有効性の高い前例があります。

 

2004年12月26日:インドネシアのスマトラ地震(M9.2

2005年4月12日、タラン(Talang)火山噴火。

2005年3月13日、西ジャワのタンクバンプラフ(Tangkuban Perahu)火山噴火。

 

1964年3月27日:米国アラスカ地震(M9.2

1966年1月24日、リダウト(Redoubt)火山噴火。

 

1960年5月22日:チリのヴァルディビア(Valdivia)地震(M9.5

1960年5月24日、コルドン・カウジェ(Cordon Caulle)火山噴火。

 

火山の噴火がいつ起るかは誰にも正確な予測はできません。しかし、噴火の起る可能性を(それが1年、5年、20年、100年以内であろうと)無視することは危険で無責任なことです。

 

原子力発電所近くの火山の予測不可能な噴火の話(未曾有の事態)をするのは、人騒がせな事と論判する人もいるでしょうが、私はそれを責任あることと思います。原子力は現実のものです。そして地震も噴火も他の自然災害、人為的災害もまた現実なのです。政府と公益事業社は10年100年の間に起る災害が大きな原子力事故を引き起こすことを現実視し、電力との引き換えに直面するリスクがあるということを国民に説明しなければなりません。この点の原子力に関する議論はまだ不十分です。

 

私の大きな懸念は、福島原発を建設する際に大地震や津波の可能性についてしたと同じように、政府や科学者達はまた富士山の噴火は予測不可能だ、というかも知れないことです。ましてや原子力発電所が、その日本の聖像である火山の陰に存在するのですから。

 

 

静岡県御前崎市にある浜岡原子力発電所のことがとても心配です。2011年5月6日、管直人首相は、マグニチュード8以上の地震が30年以内に起きることが87%の確率で予測されることから、発電所の停止を要請しました。今日現在でも、その使用済燃料は更に3年以上プールで冷却することが必要なのです。

 

火砕流、水、火山灰、噴石が、原子力発電所の電源喪失を起こし原子力圧力容器と原子炉格納容器の冷却装置を途絶することは科学者でなくともわかります。噴火は火山灰、噴石を数週間出し続けることもあり、それが緊急修理を妨げる可能性もあります。

 

私は事が起きた場合に最も安全な措置はプールの中の使用済燃料を移動することと理解しますが、移動には長い時間を要する手順が必要です。そして次に根本的な疑問です。それをいったいどこに運ぶのでしょうか?日本はリスクのあると思われる原子力発電所が富士山の周りにいくつあるのか考えたのでしょうか?私達は原子力発電所の廃炉には約50年はかかるのだということを過小評価してはなりません。

 

2013年4月に、全ての原子炉は段階的になくさなければならない、と米国原子力規制委員会のグレゴリー・ヤツコー前委員長が述べました。高い評価を受ける原子力専門家のゴードン・エドワード博士が、この発言の意味を以前私達に説明してくれました

 

“ヤツコー氏は、全ての潜在的に危険な機械は、その全てを完全に停止できる「緊急停止スイッチ」を備えているべきである、という最も基本的な認識に至りました。原子力発電炉にはそれが無いのです。ですからヤツコー委員長は、全ての原子炉は段階的に廃止すべきである、という結論を出しました。原子力発電炉は完全に停止させることはできないのです。どんなに緊急な場合にでもです。とんでもない構造欠陥です!止めることのできない自動車や消せない火事を想像してみてください。”

 

日本は既に54基の原子力発電所を建設しました。私達は天災と核物質という悪い組み合わせの確率に永遠に勝ち続けることはできません。

 

福島の原発事故から私が学んだ主要な教訓は、原子力の永続性です。それが人間のミスによろうと、自然災害によろうと、テロ攻撃によるものであろうと、いかなる原子力事故も放射線と健康へのリスクを少なくとも数百年に亘って私達に残す、ということです。

 

日本は、電力と引き換えに直面するリスクについて、国民に正直でなければなりません。

 

 

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(翻訳:木村道子)

英文オリジナル:http://akiomatsumura.com/2013/07/1550.html

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Más allá de Control: perdiendo el control sobre la Seguridad Nuclear

Autor: Akio Matsumura

Traducción por: Blanca Elena Gómez García

 

 

Para la mayoría, la seguridad nuclear significa Irán y Corea del Norte. Mientras ellos se hacen presentes como amenazas de seguridad global, la intersección de muchos elementos como los residuos nucleares, el reprocesamiento y más plantas de energía en el mundo en desarrollo, no son discutidos, aun cuando tienen la capacidad de causar gran crisis mundial si no son abordados inmediatamente por líderes militares y civiles mundiales.

 

A principios de julio, la Agencia Internacional de Energía Atómica de la ONU concluyó una conferencia ministerial con duración de una semana en materia de seguridad nuclear, en ella el analista de Bloomberg Jonathan Tirone informó, “la planta nuclear japonesa de Fukushima Dai-Ichi, cuyas 2.011 fusiones propiciaron la reubicación de 160.000 personas, podría proporcionar una nueva huella para terroristas que tratan de provocar una irrupción masiva”.

La industria nuclear está creciendo rápidamente en todo el mundo. Se han propuesto construir 100 nuevos reactores en los próximos años, convirtiéndose así en 600 reactores en total los que existirían en el mundo. Esta proliferación de energía nuclear va a inclinar la balanza de los riesgos a la seguridad, de tal forma que estos serán mayores que los beneficios, colocando sin duda a los pueblos del mundo en peligro.

Las grandes oportunidades de negocio que acompañan la construcción de una planta nuclear, aunado al prestigio que se adquiere al generar  energía nuclear a provocado que tanto países como empresas pasen por alto el potencial de desastres y los riesgos que la proliferación conlleva.… Continue reading

もはやお手上げ:益々制御のきかなくなりつつある核セキュリティー

2013年7月12日

By:松 村 昭 雄

ほとんどの人にとって、核セキュリティーといえ ばイランと北朝鮮のことを意味します。たしかに それらは世界の安全に対する脅威である一方、原 子力核廃棄物について、核燃料再処理について、 開発途上世界に増加する原子力発電所について、 等、まだ十分に協議されていない問題要素を多く 残す原子力には、軍や指導者達が早急に準備をし なければ、世界的な危機の原因となる力があるの です。

 

7月初旬、国連国際原子力機関が一週間に亘る長 い事務的な原子力安全保障に関する会議を終え、  ブルームバーグのジョナサン・タイローン氏が、「2011年にメルトダウンを起こして16万人の人々を移転させた日本の福島第一原子力発電所が、大混乱を起こすことを求めるテロリストに新たな青写真を与えることになるかもしれない」というアナリストの分析を報告しています

 

原子力産業は世界中で成長しています。100基ほどの新しい原子炉がここ数年のうちに建設されることが申請されており、世界全体では合計600基近くになることになります。この原子力の激増は、バランスを崩して安全保障リスクが経済効果を上回り、世界の人々を危険な状態におくことになるでしょう。

 

原子力発電所建設に伴う大きなビジネスの機会と原子力を保持することで得る威信とが、会社や国の、起り得る大災害や増加するリスクに対する適切な対応を避ける理由です。

 

これら新規の原子力発電所の多くは開発途上国におけるものです。原子力発電所を始めて持つ、どちらかといえば政治が不安定、安全保護能力が不確か、単純労働者が多くを占める、国々です。しっかりした規制体制と優れた技術トレーニングプログラムがあり、また有能な技術者、管理者、科学者をもつ先進諸国が、原子力発電所は人間のミスや自然災害に影響されやすい、ということを幾度にわたり証明してきたのです。言い換えると、我々は開発途上国の災害対策チームにどれほどの信頼を置きますか?ということです。

 

より多くの核分裂性物質が、より不安定な手中に置かれることにリスクが伴うことは明らかです。テロリストにとってもより弱い政府から物質を手に入れるのは更に容易いでしょうし、そのより大きな入手可能性が、監視の不足や物質が悪い人間の手におちる、より大きな機会になることは避けがたいことでしょう。原子力発電所自体もテロリストには主要な攻撃目標なのです。より多くの原子力発電所がより少ない保安状況の下にあれは、攻撃の可能性も上がるでしょう。

 

全てのこうしたリスクは当該政府内では確かに十分に協議されることでしょう-明らかな危険であり、(核に関る)典型的な対話のひとつです。

 

私が最大の安全保障リスクであると考えること、そして新規の原発がオンラインになる度に次々と増加するもの、それは使用済燃料です。原子力の開始以来、当該政府は使用済燃料の難問に直面してきました。発電過程でつくられる放射性の高い物質をどこに廃棄するかという、政治的また環境的に確実な解決方法は、誰にもみつけられないのです。アメリカ合衆国では大量のこの放射性の高い物質を発電所にあるプールもしくは別の場所にある貯蔵所で冷却しています。何故これらのプールが今までテロリストの目標とならなかったのかは謎です。

 

日本が再開しようと希望している、核燃料の再処理は問題の解決にはなりません。プルトニウムをさらに作り出し、国々の間で輸送される放射性物質(日本の多くの再処理放射性物質はヨーロッパにおかれる)の攻撃や窃盗の機会を増やすだけです。

 

廃棄物処理の最良の方法はドライキャスクに入れるか地中深くに埋めることです。核燃料を埋めることは、短期的で政治的な巧妙な処置である一方、我々の問題を将来の世代に持ち越すことはたいへんに無責任なことで、真の解決策では全くありません。重ねますが、もしアメリカ合衆国とヨーロッパ先進国が未だに廃棄物処理のジレンマに動きがとれないでいるのなら、民主主義を始めたばかりの開発途上国でより良くこなすことなどできるのでしょうか?

 

経済とエネルギーの短期的な利点に価値があると認めようとする信念と、原子力の本当の影響とは、未だにある種の畏怖と謎に包まれています。福島事故から主に私が学んだことは、我々が今決めることの永続性です。人間のミス、自然災害、テロリスト攻撃、など、原因は何であるにせよ、原子力事故は、放射線と健康へのリスクを最低でも数百年に亘って残す、ということです。過去70年にでてきた原子力の問題が、数百世代先の社会にまで影響するのです。

 

アメリカ合衆国と国際社会は、我々の取り消しのできない行動と間違いにいったいいつ気付くのでしょうか? 率直に言って、我々は既にこの原子力問題を制御できないところまでいかせてしまったのです。

 

何故、世界の政治指導者たちはこの単純な問題を未だに問おうとしないのでしょうか?

 

民主主義体制においては、軍の指導者達は政治の短期的見解、また経済やエネルギー上の利点、などからは離れて、国家と国際安全保障の問題に専心することになっています。軍の指導者として、将軍は常に勝者か負者かの間を綱渡りして戦争と平和を率いています。彼らは国の運命を彼らの肩に担っているのです。軍指導者達が、我々が今決めることの永続性を考えるべき時です。

 

イギリスの著名な原子力物理学者であるブライアン・フラワー卿が、もし原子力発電所が第二次世界大戦以前にヨーロッパに建設され展開していたなら、それらの発電所に向けられた破壊活動と通常の戦争とで、今日ヨーロッパの大半の土地は居住不可能となっていたでしょう、と指摘しています。

 

テロリズムでも自然災害でも、また人間のミスからでも、発電所への不十分な電力補給が同様の結果をもたらすのです。

 

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翻訳:木村道子

英文オリジナル: Beyond Control:  Our Loosening Grasp on Nuclear Security

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Kontrollverlust – Unser schwindender Einfluss auf die Nukleare Sicherheit

Beim Thema „Nukleare Sicherheit“ kommen uns meistens der Iran und Nordkorea in den Sinn. Während diese derzeit als Bedrohung der globalen Sicherheit gelten, besitzen etliche, allerdings wenig beachtete Facetten der Atomenergie (Atommüll, Wiederverarbeitung, neue Atomkraftwerke in Entwicklungsländern) das Potential, zu globalen Krisen auszuwachsen, wenn diese nicht umgehend von Führungskräften militärischer oder ziviler Natur in Angriff genommen werden.

 

Anfang Juli ging – wie Jonathan Tirone auf Bloomberg berichtet – unter der Führung der IAEO (Internationale Atomenergie Kommission) eine einwöchige Ministerkonferenz zu Nuklearer Sicherheit zu Ende, bei der die Analysten zum Schluss gekommen sind, dass „das japanische Atomkraftwerk Fukushima, das durch die Kernschmelzen von 2011 160.000 Menschen in die Flucht getrieben hat, Terroristen als Vorbild für Massenvertreibungen dienen könnte“.

Die Atomindustrie expandiert weltweit. Etwa 100 neue Reaktoren sollen in den kommenden Jahren gebaut werden, sodass es auf der Erde dann an die 600 Reaktoren geben soll. Diese Weiterverbreitung der Atomtechnologie wird das Gleichgewicht zum Kippen bringen, so dass die Sicherheitsrisiken die Vorteile überwiegen und die Menschen weltweit in Gefahr bringen werden.

 

Die Chance auf das große Geschäft – durch den Bau von Atomanlagen – und das Ansehen, das durch die Atomstromerzeugung steigt, veranlasst Unternehmen und Staaten, über mögliche Katastrophen und über die Risiken der Proliferation [Weiterverbreitung] hinwegzusehen.

Viele dieser neuen Anlagen werden sich in Entwicklungsländern befinden – erstmals kommt die Atomkraft damit in die Hand relativ instabiler Regierungen mit unklaren Sicherheitsstandards und einem höheren Anteil an ungelernten Arbeitskräften. Industriestaaten – mit strengen Vorschriften, guten Ausbildungsmaßnahmen, kompetenten Ingenieuren, Managern und Wissenschaftlern – haben etliche Male bewiesen, dass ihre Anlagen anfällig sind für menschliches Versagen oder Naturnaturkatastrophen.… Continue reading