エジプトの反乱:若者に彼ら自身の将来を決めさせませんか?

2011223

By: 松

 

18日間に亘り、カイロのタハリール広場で起った驚異的なドラマに世界が注目しました。 何千人もの老若男女が、彼らの政府に向ける怒りを穏やかに表明しながら「ムバーラクは出て行くべし」と声を合わせていたのです。彼らの抗議そしてチュニジアでの抗議が、エジプトとアラブ世界に新しい時代の幕を開けました。圧制的体制に抗議する人々の示す勇気と粘り強さが、いまや濁流する川のように地域の多くの国々を通り抜けていきます。イェメン、ヨルダン、リビアでの抗議と政府対応は難儀です。

 

 

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                          タハリール広場

 

オバマ大統領は「歴史が変わるのを目撃できる瞬間は人生にそうあることではありません。これはそんな一瞬のひとつです。エジプトの人々が声を出し、そして彼らのその声が聞きいれられたのです。エジプトは変わったのです。」

 

私達の記憶には、北アフリカ各地と中東アラブでの反乱に加えて、イラク、フィリピン、北京の天安門広場での反乱、ベルリンの壁の崩壊、そしてブルガリアとルーマニアでの動向があります。夫々の歴史的出来事に共通のテーマが広がっています。しかし何故今、何故エジプトなのでしょうか?

 

エジプトは中東の政治的混迷の中心力です。ムバーラク大統領の退陣は、長期的な地政学的影響を見ることはまだありませんが、既にその地域を揺るがしています。エジプトのイスラエルとの協力的関係はアメリカ外交の要であり、スエズ運河は世界貿易の流れを続けさせるものです。

 

エジプトの政治的経済的影響を理解することが重要であるように、最初に何がエジプトにそのような強力な政治的表現をさせたかということを理解することが重要です。長年の独裁、高い失業率、汚職、高い物価が、大きなその要因となったことは確かです。しかしタハリール広場での高らかな声は喜びと共にあげられていました。彼らの願いを大きく声に出すことが自由になったからなのです。政治的自由への欲求は、経済改善への欲求を超えるもののように見受けられました。我々アメリカ合衆国では表現の自由の本当の意味をよくは理解していません。民主主義の根幹は、言論の自由、信仰の自由、報道の自由です。私達は頭の中では理解していますが、それを当然のこととして受け取っています。エジプトの若者たちはやっとその三つの自由を勝ち取り、大きな希望と共に祝福しているのです。このことはノーベル平和賞を受賞したエリー・ヴェイゼル博士の、ホロコーストから開放された時に私の楽観的希望は人生で一番高かった、そしてその後で徐々にしぼんでいった、というコメントを思い起こさせます。

 

エジプトの若者達がムバーラクを追放したことは疑いのないことです。エジプトの66%の人口は30歳以下です。皆さんもお読みになったと思いますが、この出来事の一端を担った一人として話題となっているのが、その仕事経験を生かして若者達の運動を動員したグーグルのマーケティング幹部、ヴァーイル・ゴニム(Wael Ghonim)という人です。ニューヨークタイムズ紙が10万人以上の人々がこの抗議に参加するためにフェースブックにサインアップしたと報道(英文)しています。

 

ツイッターやフェースブックのような新しいメディアツールが、この出来事の過程に役割を果たし、ネットワークを作ったのかどうかについては多くの議論があります。そのような出来事を起こすほどの強い絆を作ることは多くはありませんが、エジプトの若者達の運動のような既にできているネットワークのコミュニケーション方法としては完璧にその役を果たします。このケースでの適用性の証し、そしてエジプトの人々の強さとムバーラクのリーダーシップの脆さ、という両面において今までにこのようなツールをこれほど見事に使ったものは見た事がありませんでした。

 

ムバーラクは数十年いた権力から退陣、軍は維持されました。軍は長いあいだ国の最も強力な機関だったのでエジプトの人々にとっては目新しいことではありません。将軍達は政府に公平な民主的選挙が行われると言うよう指示しています。しかしその時期は定かではありません。見守る多くの人々が、民主的選挙になった場合にはムスリム同胞団がその権力を握ろうとしにくるのではないか、と心配しています。私達は、民主主義過程の重要性を改めて考えなければなりません。民主主義の過程は、その結果と同様に重要なことです。おそらくある国では独裁的統治者が慈悲をもって行動し人民をよく扱っていることでしょう、それは幸運な状況です。しかしそれも言論の自由と公平で自由な選挙の権利の代償のうえにあるのです。

 

私には独裁者がその権力を維持する為には敵を必要とするように思われます。ムバーラクは政権最後の数日間をとおして、アメリカ合衆国と他国の力が彼の政府に介入していると主張していました。幸いにアメリカ合衆国政府は起きていることに並行することをとおし「歴史の正当なサイド」に居るようそのトーンを合わせました。

もし選挙の機会が与えられたなら、人々は候補者を注意深く観察し「権力のグーチョキパーバランス」のとれた民主主義に任せる必要があります。選挙する市民、選任された人々、その選出された人々が可決する法律の効力、それらの相互作用が政府と民主制の効率と有効性を決定するのです。このシステムは安定して強く、信頼された制度でのみ効果があります。アメリカ合衆国には称えられた民主制度がありますが、それでもまだまだ不完全です。民主主義は長いダイナミックなプロセスなのです。

 

エジプトの反乱を見ていて、誰も政治的もしくは宗教的な教義については話していないことに気付きました。それらは問題になっている点ではないのです。彼らはアメリカやイスラエルのことを話してはいません。彼らは自分達自身の自由と将来について話しているのです。彼らの国の彼らに共通した将来について話しているのです。彼らは息の詰まる政権のページをめくることに成功したのです。彼らの歴史は今彼ら自身の手の中にあります。私達はその状態のままにしておくべきです。彼らの成し遂げたことは彼ら自身の将来へと導かれなければなりません。エジプトはアメリカの利益に重要です。しかしエジプトはエジプトの人々の利益の為にもっと重要なのです。外部者として、また年をとった世代の一員としての私の道徳的責任は、民主主義へのより一層の行動と献身を励ますことです。私達、外部者であるアメリカは過去に、エジプトの人々にとってポジティプな状況を作ることに失敗しました。彼らの真に底辺から作り上げる民主主義の例から、私達が1ページをとらえることができるようにと願います。

 

この歴史の新しいページは、彼らの過去数十年の否定的なイメージから離れた、民主的行動者である若いムスリムの人々、を私達に見せてくれました。何といっても、彼らは軍の侵攻なしに偉大なる民主的革命を成功させたのです。エジプトでの変革は中東や北アフリカ諸国に深い影響を与えました。またそれが世界の望むことなのです。この川の流れは次にはどこで荒れ狂うのでしょうか?

 

「時を迎えた思想以上に力強いものは何もありません。」–ビクトル・ユーゴ

 

 

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(日本語訳:木村道子)

英文オリジナル:http://akiomatsumura.com/2011/02/uprising-in-egypt-why-not-let-the-young-people-decide-their-own-future.html