二万年を永らえる毒性―核の安全とはるかな未来への道のり

松村昭雄

ウクライナのチェルノブイリ原子力発電所で史上最悪の事故が起きてから25年が経ったが、原発事故によって、最終的にどんな健康被害がもたらされるのかは、いまだはっきりしていない。この情報の空白を埋めていくには、研究プログラムを活性化していく必要がある。すなわち、あらたな原発事故への準備態勢を強化することと、低線量被ばくの長期的影響について理解を高めることである。(New York Times Editorial, May 9)

チェルノブイリ原子力発電所の爆発事故による火災で、放射能は旧ソ連西部や欧州へと広がりました。放出された放射性物質は、広島に投下された原子爆弾の400倍ということです。事故の調査と処理にあたった派遣団を取り仕切ったのは、私の古い友人で、旧ソ連最高の原子核科学者エフゲニ―・ベリホフ博士でした。

1988年に開催されたオックスフォード・グローバル・フォーラムで、ベリコフ博士は、自身が直接たずさわった調査について述べ、事故の規模がいかほどであったかを参加者に印象づけました。同フォーラムでは、米国の高名な科学者カール・セーガンが、米ソ両国に対し、核兵器の削減を訴え、インドとパキスタンの参加者に対しては、なぜ印パはひそかに核兵器を製造するのか、と踏み込んだ質問をしました。印パの外交官はともに、核兵器計画について否定し、エネルギー生産という平和目的のために原子力発電所を建設しているという公式説明を押し通しました。

それから10年後の1998年5月11日、インド政府は、ラージャスターン州ポカランで核実験を3回行ったと表明しました。同月28日、今度はパキスタン政府が5回の核実験実施を公表しました。印パの行為で、アフガニスタン―パキスタン―インド一帯の地政学的均衡はぐらつきました。これが、国際的に重要な意味を持つことは、今日の紛争や勢力争いを見れば、明らかです。しかし、この一帯も、物騒な地域のほんの一部分でしかありません。隣国のイランには、世界が警戒の目を光らせています。イランの核開発計画は、中東諸国の長期にわたる暴力闘争に揺さぶりをかけかねません。総じて、核問題と、それに関連するテロリスト問題は、国際安全保障の議題において最重要事項です。先週、オサマ・ビン・ラディンが死亡し、米国人は喝采しましたが、ビン・ラディンの死で、アルカイダとその他のテロリストたちのネットワークが終結したわけでないことはわかっています。核拡散を軸に展開する勢力の均衡状態は、まだ続くのです。巨大かつ多様な結果を招くおそれのある核問題。その発端は、常に原子力発電所の建設です。

ハンス=ピーター・ドゥールと松村――クラウス・ビゲルトの自宅で
ハンス=ピーター・ドゥールと松村――クラウス・ビゲルトの自宅で

2007年1月、私は友人のハンス=ピーター・ドゥール博士とクラウス・ビゲルト氏に会うため、ミュンヘンへと旅立ちました。ハンス=ピーターは、世界で最も尊敬されている原子力物理学者のひとりで、ドイツの一流研究機関である、マックス・プランク天体物理学研究所の元所長、クラウスは、 非核未来賞の理事長です。私たちは、ハンス=ピーターが猛反対する原子力エネルギーについて何時間も話し合いました。私は、自分が知る著明な環境科学者の見解を述べました。その科学者は、二酸化炭素排出量の少ない原子力エネルギーを支持している人でした。ハンス=ピーターはとても熱心で寛大な人物でしたから、原子力エネルギーが抱える無数の技術的問題を真剣に解説してくれました。ところが、その方面に知識の乏しかった私は、彼の言わんとすることがつかめなかったのです。原発は、人為ミスと自然災害に備えて何重にも安全策がとられている、という前提に基づいて、私はその環境科学者の意見と地球を擁護したのです。私は、ハンス=ピーターが伝えようとしていた原発の技術的な問題点と災害の規模を完全には理解していなかったのです

3月11日、マグニチュード9.0の地震と、それによる津波で、福島第一原子力発電所が被害を受けました。原子炉の冷却システムが不能となって、放射性物質が漏えいし、原発から半径30 km圏内が避難区域となりました。 日本では、まだ事故処理に苦闘しています。この日をもって、原子力発電所の安全神話はことごとく崩れ去りました。

菅首相は、中部電力に対して、浜岡原子力発電所の停止を要請しました。今後30年以内に、80%の確率で中部地方に大規模な地震が発生し得る、という地質学者の予測に基づいた判断でした。

一連のニュースや出来事から、私はミュンヘンでのハンス=ピーターとの会話を思い出しました。彼は、原発に断固反対していました。それは、原発が下記のリスクを生むからです。

  1. 多数の国家が核兵器を保有(増加中)
  2. 核拡散によるテロ攻撃や汚い爆弾の使用(可能性あり)
  3. 手違いや自然災害が原因の放射能災害(すでに発生)
  4. 2万年間に及ぶ使用済み核燃料の未知の影響(進行中)

これら4例と、世界中にある438基の原発とをかんがみたとき、災害は必ず起きるという気がしてなりません。

私たちは、エネルギー生産の促進と経済成長の維持のため、原子力発電所を造りつづけています。米国では、104基の原発が全電力の20%を、日本では、54基が30%を供給しています。フランスに至っては、80%を原発がまかなっています。経済成長を減速させることなく、短期間のうちに、原子力エネルギーを新しいクリーンなエネルギー源へと置き換えるのは、不可能かもしれません。でも、もしたくさんの国々が自国のエネルギー需要を満たすために原発を造れば、フクシマを超える大災害を招く危険を冒すことになるのです。

何百基という原発の中で、ひとつでも間違いが起これば、とてつもない人命と環境の損失を引き起こし、しかもそれが長年に及ぶのだと、私たちは学びました。核戦争や汚い爆弾がもたらす損失は計り知れないものでしょう。 自然の力の前にテクノロジーは無力であることを忘れてはなりません。核のリスク、テロリズム、絶え間ない紛争が互いに関わり合えば、代替エネルギーの開発より高くつくかもしれません。

将来に目を向けると、もっと大きな心配があります。半減期が2万4千年というプルトニウムを含む使用済み核燃料をどうやって安全に保管するのか、その保管場所をどうやって私たちの子孫に指し示すのか、という問題です。放射性廃棄物を長期間保管するピラミッドのような建造物はどんなものなら残していけるのでしょうか?

もし、石器時代の人々が出した有害物質が、現代の私たちの生活にまだ影響するのだとしたら、西暦22,000年の人々は、地球のあちこちに埋まっている放射性廃棄物で大変な状況に陥るのではないでしょうか。 「エネルギーが足りなかったんです」などという弁明は通用しないでしょう。

これは、政治指導者が早急に決断してしまうような問題ではなく、子孫のために、全人類が慎重に考えていかなければならない問題なのです。

5月16日―正確を期するため、語句、タイトルを改訂しました

 

(日本語訳 野村初美)

One Reply to “二万年を永らえる毒性―核の安全とはるかな未来への道のり”

Comments are closed.