8年経ってなお、フクシマは日米の子供達に健康被害をもたらしている

松村昭雄

損傷を受けた原子炉で高い放射能レベルが続く

2019年3月11日、フクシマ原発事故から8年を迎えます。外部の観察者にとりこの記念日は技術的進歩報告、新しいロボットの調査、又はそこでの生活がゆっくりと正常な状態に戻っているかについての短いストーリーを提示します。

しかし、日本政府はメルトダウンした敷地周辺の水を汚染し続けている損傷した3つの原子炉内で、放射線にさらされた炉心に触れ、テストする方法を未だ見いだせていません。

政府は放射性物質を動かす方法が解ったとしてもそれをどこに置いたら良いのか解りません。

その間も、政府と敷地のオペレーターは、汚染水を貯蔵する部屋を使い果たしており、汚染水は更に沢山のタンクに増え続けています。一掃するのに40年かかると推定され、費用は1950億ドルと推定されています。

最新の公表された放射線レベルの調査結果は2017年からのものです。その年、東京電力は損傷した原子炉に人が近づく事が出来なくなった為 2号原子炉では、遠隔操作ロボットを使用しなければなりませんでした。2011年3月以来の最高値は1時間あたり530シーベルトを計測しました。それ以来、数値が低くなったという根拠は考えられません。

遠隔操作ロボットは他の原子炉でも同様に使用され、放射能レベルはそこでも同様に高いのです。

たとえ、ロボットを使用しても、ロボットは1,000シーベルトの曝露にしか耐えられず、仕事はほんの短い時間、この場合は2時間以内に限られます。

これは極めて大量の放射線です。東京電力がその数値を発表した後、朝日新聞は次のように報道した。「国立放射線科学研究所の職員が医療専門家達は彼らの仕事でこれほどのレベルの放射線を扱うと考えたことはなかったと述べました。

ジャパンタイムズは 田辺文也博士は原子力安全の専門家ですが、研究結果はそのプラントの実際の廃炉への準備とプロセスは、期待したよりはるかに困難が予想されることを示していると言った と引用しました。

フクシマの子供達は国際的注目を必要としています。

この惨事では沢山の犠牲者がいます。数千名もの人たちは自分の家を移らざるをえませんでした。地元の漁師は政府が汚染水の貯蔵タンクを海に放棄する計画を進めていることを懸念しています。汚染された風の流れと汚染水が北アメリカに到達し、更にこれから

40年間それが続くと心配する人達もいます。

これらの重要な問題の中でも我々の注意を最も必要とするのはフクシマの子供達です。

彼らは最初の被爆にさらされているため、がんのリスクが最も高いのです。

チェルノブイリにおいて、私達が持っている唯一の比較可能な、症例で、

2005年迄の国連によると6,000件を超える小児甲状腺がんの症例が発見されました。

フクシマの子供の甲状腺がんの割合は国全体の割合より高いと実証されました。しかしそれは潜在的な病気です。完全な影響がどのようになるのかを言うことは時期尚早です。しかし、この問題が行動を必要としていることは明らかです。

科学者はいつも、不確実性に左右され異なる意見を出します。しかし、又悲しい事に

政治、お金、野心にも左右されます。実証は誇張されている、過小評価されている と言う人もいれば、確証するには早すぎる段階にあると主張する人もいるでしょう。あるいは

私達は結果を明らかにするには時間が必要だと言う人もいるでしょう。私は国連や国際科学会議でこれらの議論の実例をたくさん見てきました。何故私達は待って同じ過ちを繰り返すのでしょうか?

ヘレンカルデイコット氏は、医者で、1985年にノーベル平和賞を受賞した、より大きな傘のグループの一員であり、社会的責任を負う内科医達を創立した会長ですが、次のように書いています。ほとんどの政治家、実業家、技術者、原子力科学者は放射線生物学と放射線が癌、先天性奇形、そして世代を超えて受け継がれる遺伝病を引き起こす方法への本質的理解がなく、又子供達が大人よりも20倍も放射線感受性が高いこと、女子は男子や胎児より2倍又はそれ以上傷つきやすいということを認めません。

ユニセフはリード出来ます。

私達は気候変動、貧困緩和、安全保障という複雑な課題に直面しています。子供の健康と福祉は常に私達の再優先事項であらねばなりません。彼らは私達の未来であり私達の最も深い目的は彼らを世話し彼らのため準備しなければなりません。充分にフクシマの影響を調べもしないで決定を下すことによって、彼らを見捨ててしまいます。

私達は皆、個人的にはそれに、同意します。しかしどの組織がそのミッションを遂行するのに最適な立場にあるのでしょうか?私にとってユニセフ、国連国際子供緊急基金が唯一の答えです。実に、子供達を国家安全の上に置くことはユニセフの核心です。モーリス

パテは1947年にユニセフの創立の時参加した、アメリカの人道主義者で、実業家で、「ユニセフが人種や、政治に関係なく元敵国の子供達に奉仕すること」を条件に事務局長になることに同意しました。1965年、パテの任期の最後にその組織はノーベル平和賞を受賞しました。

今日まで、そのミッションは最も不利な条件の子供達、つまり、戦争、惨事、極貧、あらゆる種類の暴力、搾取等の犠牲者、身体障害者、の特別保護を保証の公約に含んでいます。

フクシマの子供達はユニセフの保護に該当します。

              フクシマの子供達は国際的注目を必要としています。

日本語訳 佐藤江美 平和活動担当 国際仏教教会