福島原子力事故に世界が学んだものとは

ニューヨーク医学アカデミーに於いてヘレン・カルディコット財団と社会的責任を果たす医師団の共催で行われたシンポジウム「福島原発事故の医学的・生態学的影響」にて下記のスピーチを行いました。

 

福島原子力事故に世界が学んだものとは

What did the World Learn from the Fukushima Nuclear Accident?

松 村 昭 雄

2013年3月11日

 

はじめに、この時宣を得たイベントを開催して下さった、ヘレンとニューヨーク医学アカデミーに感謝の意を表します。

 

またこの機会に、福島の危険性について公衆の意識向上のために大へんな努力をなさってこられた多くの参加者の方々にも、感謝を申し上げたいと思います。原子力の領域において、科学は政治活動と連接していなければなりません。ですから、私達は今日ここにいるのです。

 

私はロンドンおよびニューヨークにて40年間、国連、その他の国際機関で働いてまいりました。数多くの国際会議に出席し、また1974年にブカレストで開催した国連人口会議をはじめとした多くの国際会議を組織してまいりました。この間、私的または公的な場において、人口、環境、社会経済、武装解除、婦人、子供、民主主義などの、二十世紀の明らかな問題について話し合ってきました。

 

ところが、私達は一つの原発事故が数百年に亘り私達の生命に影響を与えることや、使用済燃料を十万年にわたり保存できる核廃棄物貯蔵所が無いことについては、一度も話し合はなかったのです。政治システムや人権についての話し合いも、今後2万年にも亘って我々の子孫に影響を与える可能性をもつ原子力災害に比較したら、視野が狭かったように思われます。二万年です。二万年前、人類は石器時代で道具を作っていました。皆さん、想像できますか?

 

日本の政治

 

私は放射線にさらされ続ける子供たちへの増加するリスクが心配です。その多くの子供達は伝染性の疾病に苦しみ、多くが将来、甲状腺癌、肺癌、乳癌を発症することになるでしょう。ヘレンによると、百万人以上の人々がチェルノブイリ事故の結果として発症した、これらの疾病で亡くなられました。

 

私は昨年の2回の日本訪問で、不安定な原子炉の状況と子供たちの甲状腺癌のリスクについて、お会いした政党指導者諸氏に彼らの考えを尋ねました。使用済燃料について、その高レベルの放射線について、あるいは使用済燃料が破損している建物の中で地上

100フィート(30メートル)の位置に置かれていることの意味についてを、僅かの方々しか理解していませんでした。公衆衛生について考えているのは更に少数でした。

 

疑う余地なく、一部の政治家は4号基の大災害の可能性について認識しています。ところが、私が4号基がチェルノブイリが放出した量の10倍、70年前に広島の原爆が放出した量の5000倍のセシウム137の量を持つことを話すと、彼らは驚きを見せました。 福島第一にある使用済燃料は、チェルノブイリの85倍、広島の5万から10万倍のセシウムがあるということを告げた時には、彼らは驚愕を隠すことはできませんでした。私は、この重要な計算をしてくれたボブ・アルバレス氏に感謝します。私は、これを記事にしてブログで公開した時、的確なメッセージを見つけたことを知りました。この記事は、ほんの数日で百万人以上の方々に読まれたのです。先ほど話した政治指導者諸氏は、何故TEPCOからこのことについて何も聞かされていなかったのかと疑問に思っていました。

 

昨年4月、村田光平大使と私は、強力な地位である内閣官房長官職にあった藤村修代議士に面会しました。藤村官房長官は、私達からのメッセージを来る4月30日のオバマ大統領との会見前に野田総理に必ず伝えることを確約してくれました。両首脳は、私的会見の際に福島について話し合って頂けたものと思いますが、結局この災害についての独立査定チーム、また国際協力の件について、公けには言及されませんでした。

 

これは誤りです。政府の第一の責任は国民の安全にあるのです。にも拘らず、彼らは(利害のない)独立した科学者に接触しようとはせず、TEPCOにのみ相談したのです。核放射性降下物のことではなく広報宣伝の降下を最小限に抑えることに焦点をあてたのです。どの国も、大災害の後には政府や業界は機密情報が漏れないように計ります。

しかし日本の行動はほとんど独裁的でした。

 

混沌としたメッセージ

 

政府の正確な情報を共有したがらない姿勢の為、日本国民は事故に関する役立つ情報を、調査している報道陣に頼らざる得ません。残念なことに日本のジャーナリストは政治家と同様に悠長で、起きている事について何もわかっていないのだということが解りました。日本では、福島の現実と国民が考えている虚構のイメージの間に驚くほどの隔たりがあるのです。報道陣はこの溝を埋めるという彼らの役目が果たせませんでした。異例な数人を除く日本のレポーター達は、調査すること、或いは福島に関する厳しい質問をすることを拒んできたのです。ニューヨークタイムズ東京事務所長のマーティン・ファクラー氏は「「本当のこと」を伝えない日本の新聞 」という彼の優れた著書の中で、日本メディアの調査に対する嫌悪と記者クラブ心理について、彼の徹底的な観察を記述しています。

たしかに、政府もメディアの仕事を容易くはしませんでした。いつ現場をプレスに公開するか、いつ事故のビデオをリリースするか等、いつ何の情報が公表されるかをTEPCOが発表するのです。政府による、医療報告の正確さについても疑問視されています。しかし、そうした質問を誰もしない限り、国民は煙幕の裏に残されて半端な真実に則って行動するのです。

 

日本の大衆は福島に関して最も緊要な事を見失っています。日本での、原子力発電を終わらそうとする努力は希望をもたらすものですが、的をはずしています - 抗議は、恐れ、苛立ち、不安の結果なのです。安倍首相は日本が原子力エネルギー依存を続ける方向に進めるでしょう。彼は日本の原発を再起動しようとし続けるでしょう。私が話した全ての政治家の中で、4号基の使用済燃料と日本の子供たちの危険性に関する私のメッセージに対し、最も受容力のなかったのが安倍首相でした。国民が目前にある大惨事を認識するのに、何万人もの子供達の犠牲を待たなければならいとは、悲しいことです。

 

ただひとつのグループも強固な行動をとらなかった事に私は驚いています。日本の精神的なルーツは自然環境に対する敬意にねざしています。日本人の生活の中で神道と仏教の影響は、国の自然の美しさと資源に神聖な重要性を授けました。日本の環境は、いま福島の4つの損傷した原子炉が呈している以上の大きな脅威は、未だかつて経験したことはありません。精神的指導者諸氏(宗教界リーダー)は、この進行中の脅威に国の懸念を再集中させるときにはアクティブになるべきです。

 

私達は十分なことをしているのでしょうか?

 

私達には、日本が福島で進行している問題を取り扱うのに力不足である、ということが見て取れます。しかし、これは単に日本だけの問題ではありません。これは既に、そして今後も、私達全員に影響することなのです。

 

私達は十分なことをしているのでしょうか?

 

私は過去二年間、原子炉4号基で起り得る大惨事と子供達を待ち構える癌の危機について警告してきました。更なる大災害を引き起こす可能性のある、4つの主たる懸念事項があります。

 

1.原子炉1,2,3号基では完全な炉心溶融が起きています。日本の当局も、核燃料

  が圧力容器の底を抜けてメルトスルーした可能性を認めています。この結果、意図

  せざる再臨界(連鎖反応の再開)もしくは強烈な水蒸気爆発へと進展する可能性があ

  るとの観測も出ています。どちらの事故が起きた場合にも、あらたな環境への放射

  性物質の大量放出へと進展する可能性があります。

 

2.原子炉1、3号基からは特に強烈な放射能が発生しており、近寄ることのできない

  区域となっています。そのせいで、補強工事は福島事故発生以来いまだ行われてい

  ません。強い余震にこれらの構造物が耐え得るかどうかは定かではありません。

 

3.損傷した各号基に設置された臨時冷却水パイプは、瓦礫や破片の間を通っています。

  このパイプは防護されておらず、ダメージにはたいへん弱いものです。このため、

  核燃料の加熱を起こす冷却システムの停止にいたって、更なる放射性物質の放出を

  伴う核燃料の損傷や新たな水素爆発、あるいはジルコニウム火災、使用済燃料プー

  ルにおける核燃料の溶融さえも引き起こしかねません。

 

4.原子炉4号基建屋とその骨組は重大な損傷を受けています。総重量1670トンの

  4号基の使用済燃料プールは、地上100フィート(30メートル)の高さにあり

  ます。TEPCOは数年でそ燃料棒を移動させる計画をしていますが、もしまた大地

  震が近くであった場合、数年でというのは遅すぎるかもしれません。もしこのプー

  ルが倒壊したり水が抜けた場合、大放出される透過性放射能でその全域が立ち入り

  できなくなってしまうのです。

 

これらの発電所は、前例にない国際安全保障上の危険を意味します。私はこれを人類文明の問題としてみています。

 

私は起き得る大惨事を過大に見積もっているのでしょうか? 専門家の皆様の計算によると、また大災害が起る可能性は、思っているより遥かに高いようです。

それでは何故私達は自分自身がそんな大きなリスクを犯すことを許しているのでしょう。私達の将来をTEPCOと日本政府の可能性と善意のみに任せるのでしょうか?

 

新たな地震や更なる核燃料の溶融が起きる可能性が福島にあるなら、私は多くの日本人指導者諸氏が私に尋ねたと同じことを、お尋ねしなくてはなりません。

何故アメリカ合衆国は黙って傍観しているのでしょうか?

 

将来の大災害を防止する為に公の措置を取ることは、アメリカ合衆国の利益に関わる事です。大量の放射能が西海岸に到達すれば、私達の食用農産物を破滅させるかもしれないのです。そのような大災害と、引き続いて起る避難の後に起こる地政学的な緊張は、既に難しい関係にある東アジアでの重圧となるかもしれません。私達もまた同様の脅威には弱いのです。類似した大災害がアメリカ合衆国でも、また原子炉または使用済燃料の仮貯蔵所をもつ世界中のどの国でも起りえるのです。

 

今日、400以上の原子力発電所が作動中です。その内の100以上はアメリカ合衆国にあります。幾つかは断層線の近くにあります。幾つかは古くなっています。そして福島4号基のように地上高くに仮の使用済燃料貯蔵所を持つものも24あります。多くは貯蔵所だけです。原子力発電所を建築するのはロケットサイエンスかもしれませんが、冷却システムの機能を維持することは違います。なのに冷却システムはとても繊細で機能不全が起き易い傾向があります。過去に福島で見られたパイプラインの腐食のような単純なことから、核燃料の溶融が引き起こされる可能性があるのです。原子力発電所や貯蔵所を安全保障リスクとして見直す時なのです。原子力安全保障は、大統領が裏からリードすべきような問題ではありません。

 

国際的行動のステップ

 

もし原子力事故がここアメリカ合衆国、或いは他の国で起きた場合、その政府と原発産業界の反応が日本と全く同じようであることは間違いないでしょう。政府や業界は、国家安全保障の為と言って、全ての情報と現場へのアクセスをコントロールすることでしょう。

 

大災害の後に情報を国民から隠す権利は、政府の特権でなければならず想定ではないのです。私達は今、どの程度のアクセスが科学者とレポーターに必要か、どの程度の政府裁量が国家安全保障の為に必要なのか、それを立証しなければなりません。その合意にむけて体制作りが必要です。

 

現在のところ、この責務は調査官にあります。うまく組織されてもいません。大災害のシナリオ以外にあっても、科学者と政治家の連携がとれていません。このことは、ここアメリカ合衆国でも同様に真実なのです! 私は過去2年の間に、国のトップ科学者達が上院議員や下院議員にコンタクトするのに、どんなに苦労するのかを学びショックでした。20年前、私はこの実情には気づきませんでした。

 

独立した科学者、技術者、ジャーナリスト、政治家の間での継続的でオープンなコミュニケーションは、原子力災害に効果的に対応する為には不可欠なのです。

 

私は皆様に、潜在する大災害や国際的安全保障と健康問題についての皆様の懸念を日本政府に伝えて共有するよう、夫々の政府に働きかけをして頂くことを、お願い致したいと思います。

 

最後に、3つの国際的行動の提案をして結びたいと思います。

 

1.      アメリカ、ロシア、ウクライナ、ドイツ、イギリス、フランス、カナダから選ばれた議員のグループによる、福島の実情調査派遣を行う。

  

2.      今後数十年間、放射を絶えず浴び続ける子供達を救う超規的処置をとる為に、ユニセフとWHOにより特別プログラムを設置する。

3.      放射能被爆による疾病を治療する新技術と薬を、核科学者と医師が共同で開発するメカニズムを作る。

昨年、リオ+20において、イギリスのチャールズ王子が気候変動に関して話されました。「最悪の事態が起こった時にだけ行動するのが、おそらく、人間性の特徴なのかもしれない。しかし、その特徴に頼れる余裕は此処にはありません。」と。

彼は福島についても同様のことを言えたかもしれません。

 

あらためて、ヘレンとニューヨーク医学アカデミーが、この会をコーディネイトされた事を称えたいと思います。

 

ご清聴ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                                    翻  訳: 大清水 晶 子

  (中学校英語教員、仙台市)

                                   

翻訳校正: 木 村 道 子

 

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