エミリー・ゲイラード
アンドレアス・ニデッカー
(翻訳:神学博士 川上直哉)
16世紀初頭のバーゼル大学で教鞭をとっていた有名な医師パラケルススは次のように書き残しました。「ただ単に病気の原因が分かっただけで、その治療法も対応策も提示できないとしたら、いったいそれは、医師にとってどんな意味があり、またどんな価値があることだろうか?」
私たちは法と放射線の専門家としての立場から、最近行われたシンポジウム の報告をしたいと思います。そのシンポジウムは学際的なもので、バーゼル大学で三日間持たれたものでした。
The skyline of Basle (Grossbasel) – Fotography by Matthias Walter バーゼル市内ライン川南岸の大バーゼル(Grossbasel) https://www.events-swiss-ippnw.org/
核兵器に関する政策決定が、どのような影響を健康と環境に与えるのか。これが私たちのシンポジウムで検討されたテーマでした。この観点から私たちは、核実験が行われ原子力災害が引き起こされたとき、その被災者・被害者の人権はどうなってしまうのか、熟考したのです。ここで、122か国の努力による最近の成果として、国連は「核兵器禁止条約」を2017年7月7日に承認しましたが、その第6条にも「核兵器を使用し、あるいは核実験をした国は、その環境汚染の回復と被害者のための支援の措置を講じなければならない」と定められていることを、ここで想起してもよいでしょう。
しかし、バーゼルで行われたシンポジウムでの実際の議論のほとんどにおいて、その焦点は別のところに置かれていました。つまり、核兵器と原子力(核エネルギー)の利用が次の世代にどのような影響をもたらすのかを巡って、議論は白熱したのでした。核戦争のリスクを背負わされ、また、地球規模で進行する核の汚染の先に待つ潜在的健康被害に向き合わされるのは誰でしょうか。それは私たちの子どもたち・私たちの孫たちであり、そしてそのまた子孫たちなのです。1945年7月に「トリニティ研究所」において最初の核実験が大気圏内で行われました。その後、2000回を超える核爆発が起こりました 。それは9つの国によって引き起こされたのです。その核爆発のうち数百は陸上において行われ、その結果、生態系は汚染されてしまいました。そして、チェルノブイリ原子力発電所の原子炉が爆発した結果、欧州地域に限定的ではあっても広範囲な汚染がもたらされました。更に今、福島の原子炉が損傷し、放射能汚染水が大量に太平洋に流れ出続けています。原子力(核エネルギー)の民生利用については、その廃棄物を安全に保管するための施設を作ることまで考え合わせて考えなければなりません。そうしてみるとすぐに、それは財政上の多くの問題を私たちの子どもたちや孫たちに押し付けることなのだと気づくでしょう。私たちはその過ちに手を染めているということになるのだと思います。
意図的であれ偶発的であれ、核兵器が使用された場合には結局、地球規模の悪影響を生じさせることでしょう。それはあるいは、人類の絶滅をもたらすかもしれないのです。「この議論の果てにおいて、政府の責任者足りうる人々、つまり、核保有国の意思決定者たちが、追及されなければならない」という結論に、シンポジウムはたどり着いたのでした。「将来世代に対する犯罪」ということが、新たな現実味を帯びて浮かび上がってきたのです。来るべき日々の地平を永遠に閉ざすものとして、あらゆる核戦争は国際法への重大な違反とされるべきものなのです。
核の時代に入った今、私たちは確かに、地球とあらゆる生命体にとっての「新しい時代」に入りつつあるのでしょう。地球とそこに住むあらゆる生命体に及ぼす人間の影響が、未曽有の大きさを持つようになったのですから。地質学者は、この新時代について、新しい名前を付けました。その新しい名前は「人新世(Anthropocene)」というのだそうです
(訳註:地質学においては、約258万年前から1万年前は「更新世」とされ、一万年前から現代までは「完新世」とされている)。
今迎えつつあるこの新しい時代において、私たちは、医療と法における倫理規範を新らたに求めなければならない、と、多くの人が確信しています。核=原子力によるリスクと災害という特別な問題に、私たちは今、直面しています。そうである以上、医学と法学の両分野においてパラダイムシフトが求められているのです。我々は今や、あらゆる生命体に世代を超えて及ぼされる電離化された放射能の影響を真剣に考えなければなりません。そして、現在生きている人々、とりわけ女性たちと子どもたちへの深刻な健康被害を防ぐための効果的な措置が、どうしても取られなければならないのです。がんをはじめとする健康被害があります。そしてそれに加えて、今被ばくをしている人々の中で起こる遺伝子への影響も考慮しなければなりません。そうして私たちは、自分たちの子孫を守らなければならないのです。ごく低線量の電離放射線被ばくを長期間続けた場合、いったい何が起こるのかについて、私たちは特別に意識を向けて考えなければならないのです。
私たちは今、この新しい現実に対応する基本的な原則を示す新たな法的枠組を共有しなければなりません。そして将来世代の人権を考慮に入れそれを保護するような新しい法律を作らなければならないのです。国際連合総会において1948年に採択された世界人権宣言は、法的拘束力を持つものではないのですが、三十条にわたる個別の権利を提示しています。その内のいくつかは核(原子力)事故の被害者と密接に関係しているものです。例えば福島県の住居を追われた人々は、自分たちの意見を表明する権利や情報を取得する権利を持つのと同様に、適切な住環境を確保する権利を持っている、と、世界人権宣言は明言しているのです。実は、日本国憲法がその権利を確定しています。そして同じその日本国憲法の11条と97条は、将来世代の人権を守ることを規定しているのです。しかし現状、これらの権利は尊重されていません。事実、日本においてマスメディアは福島で今何が起こっているかを報道することを禁じられており、また、原子炉溶融の影響が医学的にどうであるかを報道することを制限されています。日本における科学者のほとんどは、一部の例外を除くと、放射能のリスクを過小評価しているのです。それで「少々の被ばくは蓄積しても害はない」という考え方が公式なものとして広く流布しています。もちろんその考え方は科学的に支持されるものではありません。さらに、それだけではないのです。日本政府は一般人の放射線被ばく許容量を年間1ミリSvから20ミリSvに引き上げようとしています。この「年間20ミリSv」というのは、原子力関係の一般労働者にのみ認められている基準なのに、です。日本政府に関係している科学者たちは、国際放射線防護機関(ICRP)に対して、この水増しした基準を受け入れるようにと働きかけようとしています。そして大方の見方は、このことを単に非科学的であるというだけではなく恥知らずで法外であるとしているのです。こうしてフクシマは今、「原子力の破局の事後処理において何が起こり得るか」を示すものとなりました。つまり原子力の破局に瀕するとき、「人権への破壊行為と、さらには将来世代への犯罪が原子力事故の後に立ち現れ得るのだ」ということを、フクシマは世界に示しているのです。
将来世代の人権について言及し、声を上げなければなりません。それは現在、充分とは言えないのです。将来世代の人権を確実に保護するための立法措置が新たに取られなければなりません。この数年のうちに核兵器の全廃に向けた具体的な工程表を策定することが、今新たに、そして喫緊のこととして、必要とされているのです。さらに言えば、原子炉の廃炉の膨大な費用と、そして核廃棄物の安全な保管のための莫大な投資について、私たちの世代は責任を負わなければなりません。少なくともそのコストは我々が負担すべきです。それを私たちの子どもたちだけに背負わすことは、してはならないことだと思います。
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エミリー・ガイラードはカーン・ノルマンディ大学(フランス)の法学准教授であり研究員。また、Pôle Risques, Qualité et Environnement Durable at Maison de la recherché et des Sciences de l’Hommeの会員である。
アンドレアス・ニデッカーはスイスの医学博士。バーゼル大学名誉教授で放射線を専門とする。PSR / IPPNWの全代表であり、現理事。「シンポジウム 人権と将来世代、そして核時代の犯罪」の準備委員会委員。
核戦争防止国際医師会議(IPPNW)は、1985年にノーベル平和賞を受賞した団体。地球規模での核兵器廃絶運動において指導的役割を果たし続け、核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN) を2007年に発足させ、大量破壊兵器廃絶のキャンペーンを展開した。核兵器禁止条約を2017年7月に国連が採択したが、その際の功績を認められ、ICANは2017年のノーベル平和賞を受賞した。