2017年12月12日 松村昭雄
(翻訳 神学博士 川上直哉)
福島アップデート
2016年12月、日本国政府は、「福島第一原子力発電所の事故処理にかかる費用は21兆5千億円と想定される」と発表した。これは、それまで発表されていた想定のほぼ2倍であった。東京電力株市会社(東電)の立て直しを求める声は日増しに高まっている。加えて、それほど楽観的ではない人々は、この政府発表の想定のさらに1.5倍から2倍以上の費用が事故処理にかかるだろう、と見積もっている。
345億円の税金を投じて「凍土壁」が建設され、地下水が福島第一原子力発煙所の敷地内に入り込む問題への対処がなされている。しかし、この措置に寄せられた期待と予想は裏切られたようだ。この凍土壁がダムとなって、山の方から原子炉建屋へと流入する地下水をせき止めるはずだ、という理屈で、この措置は取られていたのだった。
2017年10月、地下水の水位は急激に上昇した。この時の建屋の基礎部分に入り込む量は一日当たり310トンに達したと見積もられている。この数値は、汚染水対策のための措置が何も講じられなかった頃の水量である400トンに迫るものだった。
「要となるはずの『凍土壁』、期待外れ」2017年11月26日付朝日新聞英字版
2017年11月末、東電の責任者は、原発の状態について、次のように発表しました。
「当社は次の四つの問題に取り組んでいます。(1)原発敷地内の放射能の減衰化、(2)地下水流出の阻止、(3)使用済み核燃料の回収、(4)融解した核燃料の除去、です。」
三重のメルトダウンを引き起こしてから7年が経過したというのに、東電は原発建屋の中で何が進行中であるかすら知らないでいる。いや、誰もそのことについては知らない、というよりも、そもそも、それを誰も知り得ないのだ。まさにそのことこそ、原子力のメルトダウンがもたらす主なリスクの一つなのである。誰も、どうしてよいかわからないのだ。
フクシマからサンフランシスコへ
はっきりわかっていることがあります。原発事故現場から汚染水は流出し続けている、ということです。フクシマの問題は太平洋へと広がっているのです。海洋生物がリスクにさらされている可能性は高く、北アメリカ大陸の西海岸では、子どもも大人も被害を受けているかもしれないのです(ひとつ前の私の論稿を参照いただきたい)。
マノア(オアフ島ホノルル東部太平洋側)にあるハワイ大学は、今年、一つのレポートを発表しました。タイトルは「フクシマの結果:北太平洋で捕獲された魚の一部にみられる放射性セシウムの一覧」です。
ハワイ大学は、北太平洋に生息し、特にハワイでよく見られる13種類の魚を採取し、ガンマ分光学分析を用いてセシウム134と137という放射性同位体を計測し、それがフクシマと関係があるものかどうかを検討した。すべてのサンプルの中から、セシウム137が研修された。この計測の信頼度は95パーセントを超えるものだった。全サンプルのうち3魚種からセシウム134を検出した。それは95パーセント以上の確率でフクシマ由来のものであった。最も高い数値はキハダマグロから検出された。その数値は、セシウム134で0.10±0.04Bq/kgであり、セシウム137で0.62±0.05 Bq/kgであった。他のサンプルについて言えば、ビンチョウマグロとメカジキから検出されたセシウム134は、2シグマ以上の不確実性の範囲(95.45パーセントの確率)でフクシマ由来であることが確認された。
5つのサンプルから、フクシマ由来のセシウム134が危険基準をこえて確認された。その確度は68パーセント(検査の不確実性は1シグマ)であった。ただし、その5つのサンプルの中の3つは、2シグマ以上の不確実性の範囲(95.45パーセントの確率)であった。
この研究が示していることは次のとおりである。ハワイ島で検査しあるいは計測した魚の40パーセント程度は、ほぼ被ばくしている。そして、その被ばくは北太平洋を還流する気流に乗った放射性セシウムによるもので、それはおそらくフクシマ事故由来のものである。フクシマ事故由来の放射性セシウムはハワイの土壌にも落下している。
この研究は、放射能に触れた魚がいること、そしてその魚がまだその被ばく影響を示してはいないことを示しています。これはフクシマ事故以来6年間の累積結果を示したものに過ぎません。そうだとすれば、どうなるのでしょうか。東電から聞こえてくる情報によると、フクシマ事故由来の汚染水は今後80年にわたり垂れ流され続けるというのです。私たちはそこに事態の悪化を想定せざるを得ません。今すぐ、私たちは、取りうるすべての手段を動員して、あらゆることに備えなければならない。それは来るべき数十年後の私たちの子孫に必ず押し付けられるだろう重荷を少しでも減らすために、です。実に、この「数十年後」というのは、ほとんどの読者各位にとっては「別世界」の事柄となることでしょう
沈黙の代表者
汚染は恒久的に広がり続けています。そして多くのことがわからないままなのです。それなのに、米国西海岸の政治家は未だに沈黙を守っている。どうして声が上がってこないのでしょうか。この問いに向き合って、私は、四つの理由を考えてみました。
- 食品と水の汚染は、ビジネスに悪影響をもたらす。釣りをする人々、農業従事者あるいは旅行業者などは、自分の予算について気にするようには、未知の事柄について気にしたいと思わない。これが第一の理由かもしれません。
- 軍産複合体は、核・原子力技術と防衛・安全保障とがつながっているものと考えている。これが第二の理由かもしれません。
- 環境運動家や気候変動にかかわる市民活動家は、炭素を排出しないエネルギー源として、原子力・核エネルギーに注目している。これが第三の理由かもしれません。
- この程度の放射能であれば、人間にも、魚の食物連鎖にも、そして農作物にも、一切害はないのだとする科学者が、ある程度の人数、存在している。それはフクシマ事故から7年がたった今の現実である。また、政府と原子力・核エネルギー産業の利益を大きな声で意図的に代弁する科学者もまた、ある程度いる。これが第四の理由かもしれません。
こうした利害関係者たちは、まず目先の短期的な事柄にしか興味を示しません。つまり、大海原が「覆水盆に返らず」という事態になったらどうするのか、という長期的な関心を、こうした利害関係者たちは、持ち合わせていないのです。
どこまで、この汚染は広がっていくのでしょう。この問いへの答えは、実に、5世代先になってみないと、十分には得られない。この問題は、そういう問題なのです。
議員、知事、そして市長たちもまた、この問題がどうなるのか、可能な限り様子見をしようとしています。せいぜいこの人たちの任期は、一期8年で二期、といったところです。有権者も、これから数十年の単位で懸念される潜在的な影響については、関心を持ちたいと思っていない。したがって、政治家がこの問題に取り組む動機づけなど、ないといっていいのです。私はもう40年もの間、多くの国々で、政治家をすぐそばに見ながら仕事をしてきました。とりわけ、人間にかかわる事柄――戦争・平和・環境――を課題として、私は政治家たちと議論を重ねてきました。その中で、私はいつも、感心することがありました。政治家は確かに、人々の思いを理解する能力を豊かに有している。そのことに私は常々感嘆してきたのです。政治家というものは、人々が短期的な視野で見える限りの解決を求めているということを、投票を通じて、実によく理解しています。
深いリーダーシップ:カリフォルニアが示しつつある解決
フクシマ事故の問題と、そこから継続している太平洋汚染の問題は、永遠の価値についての問いを提起しています。確かに、この問題は経済成長と健康の問題を含んではいるのです。しかしそれとともに、もっとはるかに深遠な問いへと、この問題はつながっています。その問いとは「私たちの地球に責任を負っていくのは、いったい誰だ?」というものなのです。
この夏、私はカリフォルニア州北部のサクラメント市を訪れました。ブラウン知事を訪ねるためでした。知事と私は、もう数十年来の付き合いなのです。ブラウンという人は特異なタイプの政治家だと、常々私はそう考えてきました。「これから数万年先の命と人生に影響するだろう問題を、いったい誰と話し合ったらよいだろう」と考えていた私にとって、その対話の相手は彼しかいませんでした。私たちは話し合い、そして一つの結論に達しました。この巨大な環境問題を見つめるためには、新しいビジョンが必要だ。これが、私たちの結論だったのです。
「国際立法会議(International Lawmakers Conference =ILC)」を、私は想像しています。その目的は(1)選挙で選ばれた政治家の中に新しいタイプのリーダーシップを涵養し、(2)随時、医療分野への投資のあるべき姿を決定し、(3)すでに生み出してしまった25万トンの放射性廃棄物を安全に保管するための地球規模の機構を作り上げること、です。
短期的に言っても、太平洋に流れ込み続けている汚染水に関する注意喚起を、国際立法会議(ILC)が担うべきです。更なる科学的研究を促進させ、複数の政治家の注意を惹きつけ、また、複数の組織・機関の基金を呼び寄せる。やがては、そうしたことを通じて、私たちのリーダーの内面に、より大きな価値への感性がしみこんでいく。それがこの国際立法会議(ILC)です。その構成には、米国連邦政府と各州の立法機関・知事・市長が含まれ、またそれに加えて、宗教指導者と財界のトップリーダー、そして科学者と国際機関の代表者が加わるべきです。核問題緊急同盟(NEAA)のメンバーは、原子力・核問題の専門的ガイダンスを示す意味で、国際立法会議(ILC)に不可欠の役割を担うことになります。
米国西海岸の議員各位におかれては、私たちの子孫とこの地球のために、この長期的な影響をもたらす深刻な問題について、大いに声をあげていただきたいと、私は強く願っています。
一人の英雄の死を悼んで
最後に、一人の故人が示した英雄的な使命とその犠牲についてここに記し、読者各位にはその記憶を呼び覚ましていただきたいと思います。その故人の名は、山田恭暉(やまだ やすてる)です。彼は「福島原発行動隊」の創設者でした。この団体は次のような考えもとに設立されました。まず、放射能由来の癌の芽が発現したとしても、その症状が顕在化してその平均余命が12から15年と推定されるまでに20年ほどの時間がかかる、と予想される。若い人々がその人生をリスクにさらして原発事故現場で働くべきではない。自分たちのグループこそが事柄にあたるべきだ。――これが、山田氏が「福島原発行動隊」を設立した考えだったのです。しかしそう考えた山田氏は、2014年6月17日、食道がんで逝去しました。それは彼の予想よりもはるかに早いタイミングでした。「若い世代の命と人生を守る」という彼の掲げた使命は、彼より若い世代によって記憶されることになりました。その若い世代は、この使命を次の世代へとつないで行くことでしょう。
(山田恭暉氏については、過去の記事あるいはこちらを参照のこと)