犠牲と宗教法 ― フクシマへの解決策
松村昭雄
『そのわずかな持ち時間が、遂に政治キャリア史上で決定的とされ
るスピーチとなり得るのか、安倍晋三首相は両手をゆっくりと
胸の高さまで上げてから、自信のある素振りで左右に広げた。
「私から保証をいたします」
9月7日、首相はIOC委員に向かって演説した。
「状況はコントロールされています」
安倍首相は、ブエノスアイレスでの国際オリンピック委員会総会で、東
日本大震災の津波被害による福島第一原発の炉心溶融事故について、
2020年の夏季オリンピックを東京で開催するに当たって懸念材料とはな
らないと聴衆に強調。
首相は述べた。
「これまでも、そしてこれからも、原発事故が東京に被害を及ぼすこと
はありません」』
(ジャパンタイムズ Jun Hongoによる記事から引用)
安倍首相の自信満々の態度は、なにも福島第一原発1~4号機の除染作業がだれ気味の現状に裏打ちされているわけではありません。実際、予想もしなかった機械的故障や作業ミスの多発には、情報についていくのもやっとです。“1リットル当たり40万ベクレル”とか、使用済み核燃料棒1,533体とかいった数字をどう理解すればよいのでしょう。それに、理解しようとしても、信頼できる情報が限られていては一層分かりにくくなります。正真正銘の独立評価で、水文学や機械工学、電気工学というように、幅広く技術的問題点を精査すれば、問題解決が図られるのでしょうが。
根本的疑問は相も変わりません。フクシマの行く末は?
2011年3月11日に原発事故の第一報がもたらされて以来、顕著な問題が一つあります。損傷を受けた原子炉4号機の使用済み核燃料400トンです。来月、東京電力は1,533体の燃料を移送します。ウラン、プルトニウム、更に原子炉内でウランの照射時に発生する他の放射性物質を、原発内の共用プールに移すというのです。
移送工程はお決まりの手順によるのでしょうが、普通の状況であっても、確立は低いながら重大な被害を引き起こすことがないとは言えません。人為的過誤あるいは機械の誤作動でクレーンから燃料プールに荷を落下させ、貯蔵されている燃料棒の損傷や破壊も招き得るのです。
今回、極限状況下での作業のため、東電の計画する移送工程は複雑になります。
▪ 冷却プール内の核燃料集合体の状態について情報不足なため、いくつか不明点がある。
(燃料集合体は破損しているのか? プール内で動いたりしなかったのか?)
▪ 工程を自動化するコンピューターシステムが足りず、特別仕様の機器操作に手動
を要する。
▪ 現場の作業員や技師らは、過酷な環境下で緊張を強いられ、既に精神的に追い詰めら
れている。
原子力規制委員会によると、4号機の冷却プールには、使用済みと未使用合わせて1,533体の燃料棒が貯蔵されており、そこに含まれる放射能は、1945年広島に投下された原子爆弾の14,000倍相当ということです。
東京電力は、2014年末までに、1,533体全ての移送を完了するつもりであると断言しています。しかし、安倍首相よろしく自信顔を見せつける東電の言葉は現実からほど遠いものです。技術的解決策に依存し、それが状況、過失、自然によって打ち崩されるのを、これまでも、そしてこれからも私たちは見続けるのです。スケジュールを組むなら、月単位ではなく、10年単位がより現実的です。今後40年で、東北地方には再び巨大地震の発生が予想され、富士山噴火の可能性はいや増しています。
福島の事故処理について、原子力発電あるいは政治指導力の是非を問う国民投票から見つめると、ほぼ真っ二つに分かれてしまっています。政治戦略が社会常識をすり替えてしまいましたが、現実のリスクを負うのは政治指導者たちではありません。任期の終了と共に、あらゆる公的責任から解放されるのですから。
今も未来も、福島の原発事故は人命を犠牲にしていきます。日本の現行の解決策では、私たちの子孫に問題を押しつけることになります。その他の策として、直ちに緊急行動をとるという選択肢があります。ちょうどソ連が軍隊から数十万人を動員したように。その「清算人」と呼ばれた作業員たちはチェルノブイリ原発の原子炉4号機を覆うために送り込まれ、その結果、死者数不明の事態となりました。日本も、同様の犠牲的任務に、自衛隊施設部隊を派遣する可能性はあります。これは、特異かつ難しい道徳的問題をはらんでいます。戦争以外で、国民に危険な任務を命じるとはどういうことを意味するのでしょうか。
私はこの二年半、アメリカ、日本、カナダ、ドイツ、ロシア、フランス、スイス、オーストラリア、その他の国々からトップクラスの物理学者、工学者、医師、外交官、原子力規制機関、政治指導者ら20人ほどとつながりを持ってきました。そこで、福島第一原発事故を踏まえて、原子力発電所に潜む可能性についてあまねく討論し、理解に努めてきました。今初めて、私は世界の宗教指導者の方たちに助力を求めます。私たちの生存に関わる喫緊の問題を解決するには政治的障害が立ちはだかります。普遍的価値に専心する宗教指導者たちは、常にその障害を乗り越えるよすがとなってきました。
10月18日、ハーバード大学神学部長デイヴィッド・ヘンプトン博士からご支援のメッセージをいただき、励まされました。
親愛なる昭雄様
この地球に住む人々の生活をあらゆる側面からよりよくしようと、
長年に渡り様々にご尽力されてこられましたこと感謝いたします。
福島第一原発事故の危険性につきましては、私も、特に長期的見
地から、懸念を同じく抱いております。私よりもよくご存じでしょ
うが、アメリカでこの問題がトップ記事として報道されることは
なくなりました。従って、ほとんどのアメリカ人は、事故の長引
く後遺症や将来の危険性について全く気にかけていません。とに
かく状況はコントロールされていると思い込んでいるのです。
あなたは既に専門家の実力派集団を結成され、問題の考察に協力
を得ていらっしゃいます。でも、依然として残る危険性を長期的
視野で考えようとする意志が日本政府に欠如していることこそ大
きな問題であると見なしていらっしゃるのではないでしょうか。
世界で最も影響力を持つ宗教指導者たち、その大半は地球の環境
保護に全力を傾けていらっしゃいます。その方たちに訴えかけれ
ば、あなたが使命とされるご活動に極めて重要な道義的支援が加
わるかもしれません。現実に危険が差し迫っているという確たる
証拠が論を裏付けていれば、尚更力になって下さるでしょう。
ご多幸を祈って
ハーバード大学神学部長 デイヴィッド・ヘンプトン
私は、全ての信仰・信条の宗教指導者の方々に、更なる災禍が日本だけでなく、世界にとってどういう意味を持つのかお考えいただくよう呼びかけます。皆様の教義、教訓から見据えた場合、私たちが現在直面する地球規模の危機、原発が後世に残すもの、結果的にもたらされる土地や生活への汚染についてどのように解釈されるのでしょうか。
(日本語訳 : 野村初美)
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