Monthly Archives: August 2014

ハーバード、いかなる妙手で次代のリーダーにビジョンを仕込むか?

松村昭雄

じりじりと照りつける暑さの八月、多くの人が極上の休暇を過ごそうと動き出す時期です。中小企業の経営者や教師はもちろん、オバマ大統領も例外ではありません。学生、保護者、教師にとっては、新学期に突入する前の貴重な休みでもあります。

 シリア情勢 「JFK Jr. フォーラム」でシリア危機について討論するファラー・パンディス氏(米国務省イスラム世界担当特別代表を務めた後、ハーバード大学ケネディ・スクールInstitute of Politics のresident fellow )とニコラス・バーンズ氏(同大学ベルファー・センター Future of Diplomacy のDirector)               (写真提供 ハーバード・ケネディ・スクール)

シリア情勢「JFK Jr. フォーラム」でシリア危機について討論するファラー・パンディス氏(米国務省イスラム世界担当特別代表を務めた後、ハーバード大学ケネディ・スクールInstitute of Politics のresident fellow )とニコラス・バーンズ氏(同大学ベルファー・センター Future of Diplomacy のDirector)              (写真提供 ハーバード・ケネディ・スクール)

オックスフォード、モスクワ、京都、リオデジャネイロ、コンヤ(トルコ)、エルサレムと、各地で催されてきたグローバル・フォーラムで、私はたくさんの優秀な学生たちと共に活動する機会に恵まれました。彼らの新鮮なアイデアと力強いエネルギーのおかげで、各フォーラムでは一層の成果をあげることができました。2007年には、当時、タフツ大学の二年生だったクリス・コテに引き合わせてもらうという幸運に恵まれました。今では、このブログの管理から構想の練り上げまでを担う彼の貢献は、なくてはならないものです。来月から、クリスはハーバード・ケネディ・スクール・オブ・ガバメントで研究を始めます。そこには、たくさんの海外留学生もいるでしょう。エリート養成を目的とした政府の派遣留学生として、険しくも希望がもてる母国の未来への先導を託された学生たちです。

カリキュラムの範囲にとどまらず、未来のリーダーたちは、共に学ぶ中で醸成される理想主義から、何かを得るでしょう。学び舎で育まれた友情 ―クラスメートならではの信頼関係から生まれた― は、学生たちにとって、生涯を通じて支えてくれる、かけがえのない財産となります。つまり、制度的、階層的規範をしのぐ、目に見えないつながりです。しかし、友情からリーダーが生み出されるわけではありません。主体的に洞察できる力を養うことに時間を捧げた者だけが、今後数十年に待ち受ける難題に立ち向かっていけるのです。

そして、その難題は、計り知れないほど大きく、前例のないものでしょう。核兵器と、それが世界中の国々にもたらす多くの問題は、国家安全保障上の最優先事項となります。しかし、問題をさらに複雑にしているのは、イスラム国(ISIS)による支配地域の拡大、民族、宗教に起因するその他の紛争、不安定な地域における原子力発電所の増加、地球温暖化が及ぼす影響の深刻化です。旧来の秩序を踏み越え、人間の安全保障から、環境や世界金融の安全保障、さらには、それらの関連性に至るまで、問題の範囲は膨れ上がっているのです。私たちの従来の時間の感覚も超越しました。第二次世界大戦後、日本はわずか二十年で、戦後の荒廃から脱し、経済発展へと復興を遂げました。今や、核攻撃(現在の核爆弾の脅威は数十倍)、あるいは、原発事故(福島第一原発四号機の使用済み燃料プールの放射能は、広島の原爆の14000倍)によって、またたく間に膨大な範囲の土地が利用できなくなり、何百年間もその状態が続くことになりかねません。私たちが引き起こした気候変動も進行し続けており、同じことが言えます。

こうした問題に取り組むことができるリーダーや組織は、いまだ育っていません。現今の政策が、何千年先にも影響するかもしれない、などと1940年代にだれが考えたでしょうか?知覚しにくい時間というものの枠を越えて効力を保つ政策づくりには、異なった考え方ができるリーダーの養成が必要です。私たちの現在の行動は、将来世代に、子世代のみならず、ひ孫の世代に、どんな影響を及ぼすのでしょうか?私たちの責任とは?リーダーとして、人間としての責任とは何でしょう?

ハーバード大学は、教授陣の多岐にわたる専門分野、傑出した知的資源から、次世代のリーダーを養成する場として申し分ありません。ハーバード・ケネディ・スクールで最も意欲のある学生は間違いなく、在学中に、ロー・スクールやビジネス・スクールの素晴らしい資源を活用することになります。リーダーに必要な、深く、主体的な洞察力を特に養おうとする学生なら、思い切って、ハーバード・ディビニティ・スクール(神学系大学院)に一歩を踏み出してみてはどうでしょう。何百年、何千年を経た書物や歴史を時間をかけて学ぶ宗教指導者には、おのずと長期的なビジョンが身につきます。マネージメント、交渉、分析といった短期的スキルは、多くの国際的政治危機の回避に資するでしょう。しかし、私たちが必要としているのは、任期内にとどまらず、何世代先をも見据えて思考していけるリーダーです。.

次世代に向けた的確で大胆なビジョンを持つ、新鋭のリーダーとして台頭するのは誰か?かつてない対立を、先頭に立ってくぐり抜けていくためのビジョンを持つ学生たちを奨励することで、ハーバードも名実ともに先頭に立つことになるのです。

Die Heiligkeit des Erinnerns

Lieber Herr Matsumura!

Warum habe ich diesen Roman geschrieben?

Der Roman mit dem Titel Die Heiligkeit des Erinnerns wurde geschrieben, um Nagasaki und Hiroshima aufzuarbeiten und die moderne Geschichte von jenen Mythen und Missverständnissen zu befreien, die immer noch mit der Verwendung von Atomwaffen verbunden sind. So wie sich Amerika Schritt für Schritt verändert hat, so hat der Roman Form und Zweck angenommen. Eine zuvor

小説『 The Sanctity of Remembering

松村昭雄様

なぜ、私はこの小説を書いたのか?

 

Victims of the Nuclear Arms Race

Victims of the Nuclear Arms Race

小説『 The Sanctity of Remembering  』は、ナガサキとヒロシマの記憶をよみがえらせ、原子爆弾の使用にまつわる、相も変らない通説や誤認が重ねてきた現代史を洗い清めようと執筆しました。アメリカの人々の考えを一つずつ変えていきながら、この小説も形を成し、目的が定まって行きました。以前は耳にしなかった意見が、フィクションの世界で生み出される。真実を伝達するに最善の方法です。詩趣に富んだ散文からはどれも、非道な仕打ちや思いもよらない不幸からわき上がる切々たる響きが聞こえてきます。私も課せられた仕事にひたすら取り組み、書き、推敲し、助けが得られるその時まで続けていれば、その響きが聞こえてくるのだろう、と悟ったのです。私がこの小説を書いた理由はこうです。神の加護のもとにある一つの国家が、自由という理念によって打ち立てられたのであれば、その国家は永らえるだろう。そして、同じ神のもとにある一つの世界は、真に互いを理解しあうようになるだろう。このように考えたからでした。私が描いた登場人物たちは、この地球が抱えるあらゆることに、自分たちが知り得るかぎりの手段で立ち向かうことを余儀なくされています。すべてが一新されるまで、彼らは向き合い続けます。小説だけでしか信念を伝えられないのは残念ですが、作品としてはよいものに仕上がっています。そして、被爆69周年に際して、この本が完成しましたことを嬉しく思っております。私は、米陸軍兵士だった十代の頃、原爆によって四回被爆しました。従って、この作品は、原爆によって放射性降下物が生じるように、私の経験から生まれた副産物です。そして私は、国境を越えて真理を探究する者の立場に降り立ったのです。

 

ジョン・マッケイブ

 

『The Sanctity of Remembering』

ジョン・A・マッケイブ著*

二つの全く異なるストーリーがそれぞれに展開され、読者は、一体これらがどうやって交わるのか、と心待ちにせずにはいられない。広島の原爆投下で孤児となった、若い日本人女性レイコは、アメリカ人の修道女に育てられた。英語を身につけたおかげで、彼女は、1962年、アメリカ人の作家の秘書兼翻訳者の職に就くことができた。この作家は、もとはカトリック教会の司教であった。そして、長崎原爆の被爆者でもあった。

主人公のマクグラスは、典型的なアメリカ人の若者。親友のスポッツ・ダニエルズと共に陸軍に入隊する。1962年の夏、二人は疑念を抱くこともなく、砂漠への行軍に参加する。そこで、四回にわたる核爆弾の爆発で被爆する。この核爆発は、アメリカ政府による実験で、核兵器が使用される戦場での歩兵の状態を見定めることを目的としていた。核実験場での体験は、二人を生涯にわたって、肉体的、精神的にじわじわと苦しめ続けることになる。友達のダニエルズはついに白血病に侵される。彼は亡くなる前に自分たちの被爆と日本人の被爆とを比較し、学を深める。そして、レイコの雇い主である元司教と手紙を交わすようになった。

砂漠で真実があらわになったあの瞬間から、十六年の歳月が流れ、マクグラスは自分が目にした光景を明かし、「被爆者」とのつながりを感じていることを吐露し始めた。彼が仕事で日本へ出張した時のことだ。ダニエルズの妻が日本のマスコミに、彼が未解決の核問題と米政府に関する任務を帯びて来日したのだと、洩らしてしまう。おかげで、マクグラスの行く先々に、熱心な記者がずっと付いてまわることになる。マクグラスは、長崎に彼のガイド兼通訳として同行したレイコと知り合いになる。長崎市街を見て回り、ダニエルズの文通相手だった司教のロックス とも出会う。

マクグラスがロックスとレイコと共に純一な気持ちで始めた研究は、予期せぬ政治的関心を呼び起こすこととなる。戦時中の日本人の心にあったアメリカ人への嫌悪は衰えていなかったのだ。マクグラスは、狂信的行動に走る者に誘拐され、外部との連絡を遮断されたまま何週間も監禁される。一方で彼らはレイコを脅迫し、米政府に謝罪を要求させようとする。マクグラスを、プロパガンダを目的として日本へやってきたと思い込んでいたのだ。長崎で解放された時、マクグラスの人格は変わっていた。とてつもない災禍を目の当たりにし、出会った人、訪れた地に聖性を垣間見た彼が、どこかおかしくなってしまったように人は思った。

劇的場面は、元司教のロックスと最後に会うところである。その時マクグラスは、驚くほど、高潔さと健全な心をすっかりあらわにして見せる。二人だけが知る事実が明かされる。1945年8月9日、二人は不思議な体験をした。あり得ないことなのだが、マクグラスもロックスも、自分たちの体験が本物であることを知っている。そして、二人は、他人には非論理的にしか聞こえないような会話を交わしながら、追想していくのだった。

マクグラスは、妻と四人の友人を連れて、再び長崎と広島を訪れる。レイコと記者のナツメが案内役だ。レイコのおじのシロウは僧侶で、彼もまた被爆者だった。シロウは、マクグラスの一行に、危険が潜んでいることを忠告する。そしてそれは、予想だにしないタイミングで現実となる。東京に戻る途中、マクグラスらが乗るワゴン車にトラックがあからさまに追突してきたのだ。搬送された病院で、マクグラスは、かつて自分を誘拐した人物と出くわす。彼は誰が自分の敵なのか分からなくなり、混乱する。自身の被爆体験が、中国のスパイグループを刺激していたことを知るのだ。この諜報団は、米国原子力委員会との内密の取引が、マスコミに次第に大きく報道されることを恐れていた。新たな危機に、マクグラスは日本に滞在中、ずっと脅かされる。レイコとロックスもまた標的となり、安全のため国外へ移住する。マクグラスとナツメには、意外な筋からの保護がもたらされた。やっとのことで、無事帰国を果たしたマクグラスだが、生活はすさむ。だが様々な体験をしたことで、不思議と充実もしていた。真相が明らかになっていく中、マクグラスがおそろしい塵、そこに含まれるウラン、人が作り変えた死の放射体と直面する場面は圧巻だ。生きとし生けるものに投げかけられる善と悪の選択という途方もない難問から、マクグラスの思考はある言葉へとつながって行く。「暗闇の記憶はいつまでも続かない。いつかは忘れ去るものだから」そして、マクグラスは、まるで荒地を立ち去る者のように、突如、平凡な日常へと回帰していく。人類に授けられた新たな現実を待ち望む者の一人として。

*『The Sanctity of Remembering 』のあらすじについては、以下からのまとめです。… Continue reading