Monthly Archives: August 2013

¿Qué está esperando el gobierno de Estados Unidos?

Seguimos publicando las opiniones de muchos científicos internacionales sobre la potencial catástrofe global que resultaría del colapso del Reactor 4 en Dai-ichi  Fukushima. El mensaje de hoy es simple y claro – el gobierno de Japón no actuará, sino que es Estados Unidos quien debe dar un paso adelante, aunque no se han tomado medidas.

Me sorprendí cuando me enteré de que un millón de japoneses habían… Continue reading

Japans Achillesferse – Der drohende Ausbruch des Fudschijama und die Atomwirtschaft

von Akio Matsumura

31. Juli 2013

Beachten Sie bitte auch den Beitrag von Jorge Zanelli, einem theoretischen Physiker und ehemaligen Vorsitzenden eines Untersuchungsausschusses des Präsidenten in Chile, der die Möglichkeiten des Einsatzes der Atomenergie ausloten sollte.

 

Was passiert, wenn der Fudschijama [Mount Fuji] ausbricht? Diese Frage mag bei den Haaren herbeigezogen und als provokativ erscheinen, aber… Continue reading

El error de Japón: los riesgos sobre la erupción en Fuji y la energía nuclear

Por favor lea la respuesta del Dr. Jorge Zanelli, físico teórico en el Centro de Estudios Científicos de Santiago, y ex presidente de una comisión presidencial para evaluar la opción nuclear para Chile.

 

Akio Matsumura

 

¿Qué pasa si Fuji hace erupción? La pregunta parece provocativa, pero debemos hacerla.

El gran terremoto de Tohoku que causó el desastre de las plantas… Continue reading

Faille au Japon : risques d’une éruption du Mont Fuji et énergie nucléaire

31 juillet 2013

Akio Matsumura

 

Et si le mont Fuji entrait en éruption ? La question peut sembler une provocation gratuite, mais c’est une question que nous devons nous poser.

Le grand séisme du Tohoku qui a provoqué la catastrophe des réacteurs nucléaires de Fukushima en mars 2011 fait craindre aux scientifiques qu’une éruption du Mont Fuji ne survienne dans les deux années à venir.

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“サットポール、私の意見に反対なの?“ 地域的活動の為に世界的に学ぶ

2010年4月13日

By: 松 村 昭 雄

 

先月中の米国のヘルスケア政策論議に関するメディアの報道は凄まじいものでした。その結論についてはさておくとして、この報道は視聴者が米国の政治家や政治システムをよく知ることに役立ちました。そして、多くの人は失望しました。米国政治を分断する深い亀裂はあらゆるレベルにおいて苦い失望をもたらします。

 

私は国連と他の国際機関で働いた35年を通じて、米国内外を問わずたいへん多くの政治家に会う機会を得ました。そこで選挙で選ばれた指導者達のもつ潜在能力についての私の意見を述べたいと思います。おそらくは、ここ最近に私達が見たものよりはもう少し希望の持てる見方ではないかと思います。

Akio, Rep. Scheuer, former President of Costa Rica Carazo, and Senator Mittal

(左から)昭雄、ショイヤー議員、カラゾー前コスタリカ大統領、ミッタール議員

政治家は多くの特徴を共有しています。先ず、彼らの広範なグループに対する関心と係わりが重要です。だから彼らは選挙で選ばれたのです。第二は、彼らは他のセクターでは関係をつくりにくい問題についての考えや意見をうまく促進することができます。彼らの目的は三段構えで、総意を作り上げ、行動を促進し、最後に立法上の実施をすることです。彼らの特に優れたところは、それが日々の障害でも国民投票であっても、難しい挑戦を乗り越えられる彼らの持つ能力です。そこに、私は彼らのダイナミックな共感する心が非常に貴重であると考えています。政治家は別の政治家と特定し共鳴することができます。官僚筋にはこれはとても難しいことです。

 

私と妻の満喜は、私達のニューヨークの小さなアパートにとても多くの政治指導者たちを迎える機会を得てきました。これらの機会と長く続く友情を通じて政治世界から多くの識見を得ることができたことは私にとって幸運なことでした。

 

しばしば訪れてくださった方の一人は、自然資源・農業リサーチ・環境に関する下院小委員会委員長だった故ジェームス・ショイヤー議員(ニューヨーク州選出・民主党)です。議員のお母様と彼の奥様エミリーのお母様さえも訪問してくださいました。

ショイヤー下院議員と他の政治家にまつわる幾つかの話の内の一つ、強い政治家のもつ能力を暗示する話をご紹介します。多くの話は第二次世界大戦に直接かかわるもので我々がこの60年の間に克服しなければならなかった最も高い障壁についてのことです。

 

何年も前に、日本から佐藤隆衆議院議員(当時は新人議員、後に農林水産大臣)がワシントンを訪れました。彼はその昔1945年8月に神風特攻隊に任命されましたが、同15日の日本の降伏で命が助かった方です。佐藤議員がワシントンを訪れた時、私は彼に大使館員や通訳の補助なしに、ショイヤー議員の自宅に泊まることを強く薦めました。佐藤議員は英語を話せず、ショイヤー議員は日本語を話せません。両者はそのチャレンジを受けることに合意し、その結果は大きな成功でした。翌日、佐藤議員が上司の福田赳夫首相に、ショイヤー議員と過ごしたその驚くべき時間について説明していました。明らかに、佐藤議員とショイヤー議員そして奥様のエミリーは、この障壁を越える方法を見つけ出したのです。

 

ショイヤー議員のドイツ連邦議会のペーター・ペターソン議員との関係について触れることも大事だと思います。ペターセン議員と若い彼の同僚達は知れ渡るホロコーストの全体像は承知していませんでした。彼の多くの同僚達は、彼らの政府が取った行動の惨禍を知ると自殺を図ったのです。ペターセン議員はその時自殺をするのではなく、そのような事を二度と許さない為にと政治家になる道を選びました。私は彼がユダヤ人であるショイヤー議員にはじめて会った時のことを覚えています。彼らの率直で熱意のこもった議論は私を驚かせました。オープンで率直な対話の重要性と生産性。とても大切なことです。今日、このような対話は、国連や他の公式会合の場では決して見ることがありません。

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富士山のリスクに関する多くの考え方

2013年8月4日

By: ホルヘ・サネリ博士(Dr. Jorge Zanelli)

 

zanelli

ホルヘ・サネリ博士 : サンティアゴ科学研究センター(Centro de Estudios Cientificos de Santiago)の理論物理学者

 

松村昭雄様、

 

あなたの、そう遠くない富士山の噴火可能性のリスクに関する記事を興味深く読みました。そのようなシナリオは可能性ばかりでなく、専門家によるとたいへん確率の高いことです。従って、近郊地域の住民の不必要なリスクを取り除く為の全ての措置が取られるべきです。このことは、近郊のコミュニティー、産業設備、病院、輸送と通信基本施設、その他を含みます。これら夫々には独自の特徴があり、異なるタイプの保護と安全措置を必要とします。それら全てが注意深く調査され保護されなければなりま せんが、そのリスクの組み合わせも併せて考慮され なければなりません。

 

富士山の周囲にある市町村の数は私を震撼とさせます。私は日本の土地使用計画については何も知りませんが、得られる歴史的情報からみても、原子力発電所を含む、産業施設、住宅の建築許可を下す前に十分に必要な予防措置が取られなければならなかったとは明らかです。噴火の際には非常事態計画がつくられなければなりませんが、これには市民の避難、基本的施設、危険を潜在する全ての施設の保護が含まれなければなりません。貴方の記事は噴火により引き起こされる原子力事故のリスクに注意を引いてますが、もっともな懸念です。私には、更に大きな危険は、それが原子力でも別の問題でも、非常事態を扱う合理的な計画の不足だと思われます。

 

浜岡原子力発電所という特定のケースでは、過去の運行記録はとても疑わしく、停止を勧めるのに火山噴火の危険を必要とするまでもありません。私は掘り下げては調べていませんが、この発電所の検査されないままの運行は、福島事故により放出された放射能よりも更に周辺地域への影響リスクが大きいように思われます。

 

火山噴火や他の自然災害により引き起こされる原子力事故のリスクの問題一般に話を戻すと、私は全ての原子炉を廃炉にすることだけが選択肢だとは信じていません。状況は、他の脆く潜在的に有害な産業(医薬、農薬、精油所、爆薬、肥料、重金属を生産もしくは使用する産業など)とそう違いはないのです。富士山の周囲または日本のどこであっても、この種の産業の非常事態を扱う技術が存在すると、私は確信しています。

 

一般的な問題について合理的な決定をするには、次の点を考慮しなければなりません。

 

1.その産業施設がどれくらい危険か。このことには通常操業時と事故時両面の完全なリスクの査定が必要です。

2.原子力を他の産業とどう比較するか。

3.リスクを受容可能範囲に留める事が可能か、それとも除去する事が唯一の選択肢か。

4.費用は、原子力停止の利点は、何なのか。

 

多くの資料を読んだり専門家に話をしたりしたことからの私の理解では、低照射量の放射線による脅威は、端のない仮説による誇張で、しっかりとした科学的根拠がないように思えます。… Continue reading

アメリカが出帆:平和と希望に向かって境界を渡る

2009年1月20日

By:松 村 昭 雄

Akio and Chairman Arafat

1995年12月、ジェリコで和解に関する世界集会がロビン首相とアラファト議長の共催で開催される予定だった。私が出席した運営委員会は同年6月にジェリコで開催された。

昼食休憩時間の時、私達は死海を見に行った。死海はイスラエルとウエストバンクの間に位置する。地球上で一番低い場所で乾いた土地にあり、その水は大洋の8.6倍の塩分がある。人々が水に浮きながら本を読んでいるのを見るのは珍しいことだ。ツアーの途中、友人たちがイエスが悪魔に誘惑されたと言われる誘惑の山を指し示した。私達は昼食とツアーを楽しんだ後、会議の午後のセッションへと戻った。私がガザで午後9時にアラファト議長と会う予定をしていたので、私達は議題を終わらせるべく進め続けた。

 

議題を終わらせようとしている午後の会議の途中に、テルアビブのバスで自爆テロがあった旨を報告する緊急電話を受けた。25人以上の死亡者。過去何年もの間で最大の死亡数だった。その事故でイスラエルとガザの間の境界が閉鎖された。外交官であっても車が境界を越すことは一切許可されなかった。

 

私は直ちにパレスチナにある国連開発計画(UNDP)事務所の代表ワテ氏に会いに向かった。彼は外務省に連絡を取り、国連の車も境界を越えることが許されないということを確認した。できることは何も無く、私はイスラエルの文化相シュラマト・アロニ女史に確認しようと進んだ。私が彼女の助けを求めると、境界警備は外務省ではなく国防省の担当であると知らされた。状況の緊急性を知る彼女は、直ちに国防大臣に電話を入れて私が誰であるか、今夜のガザでのアラファト議長との会談がどんなに重要であるかについて説明をしてくれた。国防大臣は私が境界を越える特別許可を発行することに同意してくれた。

 

UNDP代表のワテ氏が、80kmの道のりを行く間に警察に止められないようにと、国連のマークのある車を私に使うようにと申し出てくれた。チェックポイントに到着して軍のオフィサーが国防大臣の許可したリストに私の名前を見つけた。渡る準備ができた時、次の停止を命じられた。私はイスラエル軍の車に乗り換えなければならなかった。ワテ氏の国連車でも境界を越すことは許されなかったからだ。イスラエル軍の車に乗り込みおよそ1キロメートルある境界を渡った。アラファト議長の送った警察官の待つガザの反対側に到着。私は彼の警察の車に乗り越えた。これで4台目。この後はアラファト議長の事務所へと直行した。

 

ついにアラファト議長に迎えられ、私は彼が車を送ってくれたことに深謝し、彼の事務所に着くまでに4台も乗り換えなければならなかった話を伝えた。彼の表情は驚きを隠せなかった。そして、さらに私はイスラエルの国防大臣とアロニ文化大臣が私達の会談の為に多大な努力をしてくれた事に大変感謝している旨をアラファト議長に伝えた。アラファト議長もこの事には感謝していた。先に進み、私は彼に二枚の写真を見せた。

 

最初はオックスフォード大学の教会の前で撮ったグループ写真。写真はとても大きく1メートルの長さがある。私はそれをいつも持って行く。この写真は多くの人の興味をひいたものである。アラファト議長は写真にある300人の参加者の顔を眺め、数多くの名高いリーダー諸氏をみて感銘していた。驚くことに、彼は私が何故議員と宗教指導者を共に組織したのかと、私のコンセプトを尋ねた。彼は精神的実際的に人類の問題を見る概念を多分十分に理解したようだった。次に、私はクレムリンでの写真を見せた。ユダヤ人のメンバーが休息日に当たる日の閉会式に出席している写真だ。彼は正統派ユダヤ教のメンバーも参加したのかと尋ね、私が「イエス!」と答えると彼の目が驚きで大きく見開いた。私は彼に、これがジェリコ会議の精神にもなりえるのだと話すと、彼は会議のパレスチナ人にとっての重要性と彼の協力を私に保証してくれた。私達の会談の終わりに、私は予定時間を大分過ぎて長くなっていたことに気付いた。私達は握手をし、彼の激しい評判にも関らず彼の手のとても柔らかいことを感じた。私が握手した多くの元首の中でも最も柔らかな手だった。その夜エルサレムに戻る途中、暗い空のとりわけ美しいことに気付いた。それはまるで手の中に流れ星をつかめそうな感じだった。

その日境界を渡るのに乗った4台の車を思い出し、何故国連車も外交官車も渡ることを許されなかったのに、政府の職も国連の職も持たぬ私が渡ることができたのかと考えていた。

 

何故かという答えははっきりしています。国が主に政府により動かされるように、車は主にガソリンで走ります。しかし、車が潤滑油無しにはきちんと動かないように、人と人との個人関係と信頼がなければならないのです。それが私がいつも指導者の方々に、会議には彼らの肩書きやランクでではなく個人としての資格で参加することを勧める理由なのです。そうすることで、組織や機関ではない個人個人が会議のビジョンを作り出せるのです。

 

一度抗争が始まると政府は対話を閉じてしまうことを、歴史が示しています。そして、概して人々は召集された戦争で戦わなかった場合の結果を恐れます。対話が止まり、誤解が育ち、恐れとなります。この時点では、残された機能は個人同士の信頼関係だけです。それが潤滑油です。ガソリンではありません。それが国の運命を定め、最悪の結果では戦争へ、となるのです。

 

オバマ大統領が帆を上げて和解の航海を始め、世界の私達みんなが彼の船出に参加しました。今日、大統領はアメリカは自由と変革を受け入れること、受け入れ続けるべきであることを私達に思い起こさせました。「ムスリム世界の為に、」オバマ氏は今日の就任式で言いました「我々は、互いの利益と互いの敬意を基に前進する新しい道を探します。」と。

変革の為そして平和の為のこの意志が、アメリカ合衆国の激務と統率する意欲の精神を統一するのです。拡大を示す感覚では無く、限界と責任と共に、彼は自信を持ってアメリカを世界のリーダーとして断言しています。多くの人の心を希望で満たしているオバマ大統領は、自由と信頼を個々の指導者達そしてその政府全体にも同様に訴えて、アメリカの車のガソリンと潤滑油になってくれるかもしれません。

 

オバマ大統領の自由と新しい希望に向けた順調な航海を私達は心から祈ります。

 

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(日本語訳:木村道子)… Continue reading

クレイボーン・ペル上院議員との対話: イスラムの人々と文化についての認識はアメリカの21世紀のチャレンジ

2011年4月17日

By: クリス・コテ(Chris Cote)

 

 

「私はいつも他の人に私の思い通りにさせようとしてしまう」-クレイボーン・ペル上院議員

ペル上院議員、満喜、昭雄、ペル夫人(於:ロードアイランドのペル議員宅)

ペル上院議員、満喜、昭雄、ペル夫人(於:ロードアイランドのペル議員宅)

ペル上院議員は、国に使えたその長い人生で多くの功績を残されました。プリンストン大学を出た後、第二次世界大戦に赴き、その後国務省に入省。1960年に上院議員に当選。彼は、何千人ものアメリカ人低所得者が大学に通う助けとなったペルグラント(当初は基礎教育機会奨学金と呼ばれた)に大きな責任をもっており、芸術基金、人権基金をつくる法律も書きました。彼はベトナム戦争反対の意を大きく唱えました。1987年に上院外交委員会の委員長に就任、上院で党が代わった1995年まで同職にありました。1997年にパーキンソン病を発症しほぼ40年に亘った上院での職を辞しました。(ペル上院議員の魅力的な人生についてはニューヨークタイムズの記事(英文)をお読みください)

 

ペル議員の仕事への深い献身はアメリカ合衆国だけに限られず、彼の政治家としてまた個人としての視野は国境を越えるものでした。ペル議員は上院外交委員長をしている間に、リオとモスクワで開催されたグローバルフォーラムの運営委員会にも出席されました。昭雄はペル議員について、国や政治的教義の問題を越えて考える、国家と国際安全保障の名の下に伝統的な障壁を乗り越えることに視点をあてた、アメリカの数少ない政治家の一人であると、しばしば話していました。

 

ペル上院議員と昭雄は、90年代後半に次の世紀の問題についてよく会って議論していました。1999年、ペル氏が昭雄と満喜夫人をロードアイランド州ニューポートにある彼の自宅に招待した時に、昭雄を座らせて「アメリカの政治指導者達が関心を寄せなければならない21世紀の最大の問題は何か」と尋ねました。昭雄は、米国指導者層の務めは、イスラム社会の人々と文化についてのアメリカ人の認識を向け替えること、宗教的教理の問題にもつれ合うことには何の利用価値もないが、彼らの文化の共通性は見つけられるはずであり、また見つけなければならない、とはっきりと答えました。2001年9月の事件はそのことを明確にしました。21世紀のアメリカの大きな挑戦は、イスラムの追随者について前向きに話をすることです。「アラブスプリング」は我々が何も手出しをせずに起きた歓迎すべき第一歩であり、これからも手出しをせずにおくべきなのです。

 

ペル上院議員の質問と昭雄の答えはこのブログのモットーをとらえています。「私達の共通する未来のためにミッシングリンクを見つける」ことです。人類が共有する経験の本質は何でしょうか? 国、文化、そして組織は力の強化の為に障壁を築き外と中を切り離します。暴力を扇動することはありますが、これらの壁は不正に築かれたものであり従って紙のように薄く、大きな考えとより前向きなセンスで考えようとする人々には壊すことのできる壁なのです。

 

前国連調整役でこのブログの友人でもあるジャンドメニコ・ピコ氏が、オックスフォードリサーチグループop-ed on negotiations in Afghanistanに、弱い指導者が「他者」を作る必要性について書いています。

 

 “「敵」という概念は政府統御の原始時代からの道具である。人類の歴史の大部分で、「敵」はその「反対側にいるもの」の存在を明確にすることに役立ってきた。これは「不出来な」指導者達に利用された。過激派の話には「実存的な敵」が必要なのです。不出来な指導者は肯定的なものではなく否定的な話を使います。彼らはトップに居続けるために「敵」を探します。彼らは古い金言を繰り返します。「我々は他の誰よりも優れている」とか「神は我々と共にいる」とかの「我々と彼ら」との間に実存的な二分するものの必要性をほのめかし、この場合「彼ら」を悪魔であるかのように言う必要があるのです。私達の歴史にはそんなケースがたくさんあります。今もあります。以前より少しは少ないかもしれませんが。

                           

「敵」(真実でも想像でも)に頼らずとも統率することのできる指導者がいるのでしょうか? 

偉大な指導者は過去のページをコピーすることはしません。偉大な指導者は人類の歴史に、道徳的にも制度的にも新しい章を書くのです。彼らは国家プロジェクトを肯定的な価値の周りに築き、彼らは未知のものを研究する勇気を持ちあわすのです。力の劣る統治者がトレードマークである「他者」という否定的なイメージを進める間に、政治家は制度的文化的な革新によって特徴付けられるのです。“

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